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はやい秋(山川方夫)のあらすじ・登場人物

沖の岩で聞いた独りごと

  • 恋愛
  • 青春

山川方夫 1962年(昭和37年)9月 「ヒッチコック・マガジン」

文字数
6,398字
読了目安
約13分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

東京に帰ってきた彼は見違えるように日焼けしていたが、その日はどこか元気がなかった——山川方夫の連作「親しい友人たち」の一編。八月の沖の岩の上で、彼は真赤な海水帽の女の声を聞く。誰もいない海に向かって、女はひとりごとで別れ話をしていた。

あらすじ

「いったい、どうしたんだ? 彼女にでもふられたのか?」とからかう「私」に、彼はゆっくり話しはじめた。——八月十六日、土用波が来て海が静かになった日。同級生の牧田とばったり会い、つきあいの義理と解放を同時に手に入れるつもりで二百メートル沖の岩まで競泳を持ちかけた。案の定、牧田はすぐ引き返し、彼は一人で岩に上って窪みに横になっていた。そこへ女の声が聞こえてきたのだ。「バカなこといわないでよ。いったい、あなたに私のなにがわかるっていうの?」。人妻が夫以外の男に引導をわたしているらしい。彼は身を縮めて息をひそめた。「私ね、もうあなたに倦きたの」「だれが自分の過去を捨てられたり、昔の自分に戻ったりできるって思うの?」「生活ってものは、ときどき、つくづくグロテスクなものだ、って思うわ」。……岩の裂け目から見ると、真赤な毛糸の帽子をかぶった上品な顔立ちの女が、笑うような顔でゆっくり平泳ぎをしている。そのとき彼は気づく。男の声が一度も聞こえなかった理由に。海面には女の赤い帽子のほか、誰の姿もなかったのだ。「ああ、私、このままいつまでも生きているのなんて、いや! お婆さんになってまで生きているのなんか、いや!」。女は笑ったような顔のまま金切り声で叫んだ。——彼はその女に恋をしてしまい、夏休みの最後の日まで毎日その岩へ泳いで待ちつづけたが、女は二度と現れなかった。そして今日、バスの停留所で彼女に再会する。牧田が走り寄って、「ママ。どこへ行くの? 買物?」と呼んだ。

登場人物

冒頭部(原文より)

 東京に帰ってきた彼は、見違えるように逞しくなって、ひどく日焼けしていた。ほとんど毎日海で泳ぎ、鼻のあたまの皮も、三、四へんは剥けたようだという。  だが、ふしぎにその日、彼には元気がなかった。こっちがいくらエンジンをかけようと努力しても、すぐ彼の目はうつろになり、いつのまにか、窓越しにまだ早すぎる秋の空をぽかんとみつめている。  なんとか気分を変えねばならなかった。私は煙草に火をつけ、からかうようにいった。 「いったい、どうしたんだ? 彼女にでもふられたのか?」

「はやい秋」山川方夫(青空文庫)

末尾部(原文より)

「……わかったよ。君の、ただの家庭教師にすぎない、っていいたいんでしょう」  彼は、あきらめたみたいな、孤独な老人のような笑みをうかべながら、ぼんやりとまた窓の外をながめた。葉の落ちかけた木の梢に落日が赤くまみれ、その向うに、茜色にかがやく秋の夕方の空があった。 「ああ、また秋か。ぼく、なんだか自分がひどく子供っぽくなっちゃっているような気がするなあ」  日焼けした腕をのばし、彼は、そういってやっと机の上に算数の教科書とノートとをひろげた。

「はやい秋」山川方夫(青空文庫)

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