百姓の足、坊さんの足(新美南吉)のあらすじ・登場人物
踏みにじった米と二人の足
- 心理
- 文字数
- 14,641字
- 読了目安
- 約29分
- 表記
- 新字旧仮名
この作品について
新美南吉の童話で、作者の没後まもない1943年(昭和18年)9月に刊行された童話集『花のき村と盗人たち』(帝国教育会出版部)に収められた。江戸の終わりごろの村を舞台に、貧しい百姓の菊次さんと、酒好きな雲華寺の和尚さんの二人を描く。新米を寺へ納める「米初穂」を集めて回った日の帰り道、酒に酔った二人がしたある振る舞いが、その後の菊次さんの人生を大きく変えていく。民話のような語り口に、嫁と姑のいさかいや報恩講の説教などの村の暮らしが織り込まれ、米を作る者と口で説く者との違いを問う寓話になっている。
あらすじ
十二月、貧しい百姓の菊次さんは、雲華寺の和尚さんが米初穂を集めて回るお供をする。日暮れに谷底の烏谷でうまい酒をごちそうになった帰り道、足の悪い年寄りが息を切らして追いかけてきて、お椀一杯の米を差し出す。ところが菊次さんがつまずいて米をこぼすと、和尚さんは土がまじったと言ってその米を足で蹴散らし、酔った菊次さんもまねをして踏みにじってしまう。
二日後、家で姑と嫁が、こぼした飯粒をめぐって言い争っているのを聞いた菊次さんは、米を粗末にしてもばちなど当たらない、自分は和尚さんと白米を蹴散らしてきたが何ともないと言い放つ。その言葉の途中で左足に激痛が走り、菊次さんは歩けなくなる。
報恩講の日、杖にすがって寺へ行った菊次さんは、和尚さんの足には何の障りもなく、米を大事にせよと説教しているのを見て、天は不公平だと恨む。しかしその夜、こぼれた米の幻を見つめるうちに、米のほんとうの値打ちを知る百姓の自分だからこそばちが当たったのだと悟り、年寄りにも天地にも心からわびる。翌朝、痛みは消えたが、左足は不自由なまま残った。
四十年後の同じ日、菊次さんと和尚さんは相次いで世を去る。あの世の菖蒲の道で、和尚さんは足を痛めて菊次さんに負ぶさり、迎えの人力車も菊次さんに譲られて乗っていく。分かれ道で二人は別々の道へ送られ、振り返った和尚さんは、金色に輝く仏の姿となって歩む菊次さんを見る。極楽へ続くのはあちらの道だったと悟った和尚さんの行く手には黒雲がわだかまり、その片足がまた痛みはじめる。
登場人物
- 菊次さん 雲華寺の門前に住む貧しい百姓。お調子者だが、米の値打ちを身にしみて知っている
- 雲華寺の和尚さん 酒好きの和尚。説教はうまいが、米を作る苦労を知らない
- 菊次さんの母親 嫁につらく当たる老母。米を粗末にすればばちが当たると信じている
- 足の悪い年寄り 烏谷の百姓。米初穂を納めようと、坂道を追いかけてくる
冒頭部(原文より)
十二月十二日に貧しい百姓の菊次さんは、雲華寺の和尚さんが米初穂をあつめて廻るのにお供していきました。 米初穂といふのは、ことしの秋とれた新しいお米のことで、村の百姓達はそれを少しづつお寺にささげて、仏様にのちの世のことを頼んだのであります。 和尚さんが村の家々の戸口に立つて、短い経を読むと、百姓達はもうちやんと知つてゐて、新しい米を枡に入れて奥から出て来ます。そのお米を受取つて袋に入れ、ふごで、になつていくのがお供の菊次さんの役目でありました。
「百姓の足、坊さんの足」新美南吉(青空文庫)
末尾部(原文より)
「今となつてはわかつたわい。あつちの路がごくらくへつづき、こつちの路がろくでもないところへつづいてゐることが……。」 菊次さんのすすんでいく方の空は、美しい真珠の色に晴れわたつてゐました。 和尚さんが自分の行手を見ると、そこには夕立でもあるのか、黒雲がむくむくとわだかまつて、その中にいなびかりがひらめいてゐました。 ……また和尚さんの片足が痛みはじめたのであります。
「百姓の足、坊さんの足」新美南吉(青空文庫)
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