茨海小学校(宮沢賢治)のあらすじ・登場人物
狐の小学校を参観した日
- 風刺
- 幻想
- 文字数
- 12,656字
- 読了目安
- 約25分
- 表記
- 新字新仮名
この作品について
宮沢賢治の童話。農学校の教師である「私」が、火山弾と野生の浜茄子を探しに出た茨海の野原で、思いがけず狐の小学校を参観することになる。草わなで客を転ばせる生徒、紅茶をすすめる校長、「正直は最良の方便」を説く授業と、狐の学校の風景がまじめな口調で語られる。語り手が最後に「正直のところわからない」とこぼす、とぼけたユーモアの一編。
あらすじ
農学校の教師である「私」は、火山弾の標本と野生の浜茄子を探しに茨海の野原へ出かけるが、浜茄子は見つからず、小さな火山弾をひとつ拾っただけで終わる。昼ごろ、すずめのかたびらの穂に足をとられて倒れると、それを見た狐の子どもたちがどっと笑い出す。そこは茨海狐小学校の運動場だった。先生に案内されて校長室で紅茶をごちそうになり、午後の授業を参観する。第一学年は「最高の偽は正直なり」という修身と護身、第二学年は鶏肉の滋養の講義、第三学年は人間に鶏を飼わせてから捕る狩猟術と、どれも狐らしい内容である。三年の先生が語る成功例は、実は「私」の学校の生徒がすでに学芸会で話していた出来事そのものだった。参観を終えると校長は、拾った火山弾を学校へ寄付してほしいと頼み、「私」は断れずに差し出す。頭がぐらぐらして逃げ帰った「私」は、茨海狐小学校の教育方針が結局わからないと言って話を結ぶ。
登場人物
- 私 農学校の教師。茨海の野原で狐の小学校を参観する語り手
- 校長 やせた白い狐。眼鏡をかけたていねいな物腰
- 武田金一郎 草わなを仕掛けた狐の生徒
- 狐の先生たち 学年ごとの担任。修身・食品化学・狩猟を教える
冒頭部(原文より)
私が茨海の野原に行ったのは、火山弾の手頃な標本を採るためと、それから、あそこに野生の浜茄が生えているという噂を、確めるためとでした。浜茄はご承知のとおり、海岸に生える植物です。それが、あんな、海から三十里もある山脈を隔てた野原などに生えるのは、おかしいとみんな云うのです。ある人は、新聞に三つの理由をあげて、あの茨海の野原は、すぐ先頃まで海だったということを論じました。それは第一に、その茨海という名前、第二に浜茄の生えていること、第三にあすこの土を嘗めてみると、たしかに少し鹹いような気がすること、とこう云うのですけれども、私はそんなことはどれも証拠にならないと思います。
「茨海小学校」宮沢賢治(青空文庫)
末尾部(原文より)
狐の生徒たちが、わあわあ叫び、先生たちのそれをとめる太い声がはっきり後ろで聞えました。私は走って走って、茨海の野原のいつも行くあたりまで出ました。それからやっと落ち着いて、ゆっくり歩いてうちへ帰ったのです。 で結局のところ、茨海狐小学校では、一体どういう教育方針だか、一向さっぱりわかりません。 正直のところわからないのです。
「茨海小学校」宮沢賢治(青空文庫)
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