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伊沢蘭軒(森鴎外)のあらすじ・登場人物

埋もれた藩医を、考証で掘る

  • 歴史

森鴎外 1916年(大正5年)6月 「大阪毎日新聞」

文字数
483,137字
読了目安
約16時間6分
表記
新字旧仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都
  • 広島県

この作品について

「渋江抽斎」に続いて森鴎外が新聞に連載した史伝。備後福山藩の医官にして考証学者・伊沢蘭軒の生涯を、書簡や日記を一つ一つ読み解きながら追う。三百七十余章に及ぶ大作で、「無用」と罵る投書にも動じず、鴎外は考証の筆を貫き通した。

あらすじ

発端は一通の古手紙である。頼山陽の幽屏をめぐる謎に手がかりを与えた菅茶山の書簡、その宛先の「伊沢澹父」とは何者か——森田思軒にも分からなかったその人こそ、備後福山藩医・伊沢蘭軒であった。鴎外は、蘭軒の名がいかに深く埋没していたかを示すところから筆を起こす。蘭軒は江戸で医を業とし、経史に通じ、書物を集め、菅茶山・頼山陽ら当代一流の文人と交わった。鴎外は残された書簡・日記・詩文を丹念に突き合わせ、生没の年月から、旅の日程、家族や門人の消息、蔵書の行方まで、一つずつ事実を定めてゆく。物語の起伏を求める読者には退屈な作業の連続であり、連載中には「無用の長物」と罵る投書も届いた。最終章で鴎外はそれに答えている。歴史を顧みずに更新のみを欲する者が因襲を憎むあまり往事を語る文章そのものを嫌うのだ、自分は学殖のないことを憂えるが常識のないことは憂えない、と。「渋江抽斎」「北条霞亭」と並ぶ史伝三部作の一つで、近代日本の伝記文学の到達点とされる長編である。

冒頭部(原文より)

 頼山陽は寛政十二年十一月三日に、安藝国広島国泰寺裏門前杉木小路の父春水の屋敷で、囲の中に入れられ、享和三年十二月六日まで屏禁せられて居り、文化二年五月九日に至つて、「門外も為仕度段、存寄之通可被仕候」と云ふ浅野安藝守重晟が月番の達しに依つて釈された。山陽が二十一歳から二十六歳に至る間の事である。疇昔より山陽の伝を作るものは、皆此幽屏の前後に亘る情実を知るに困んだ。

「伊沢蘭軒」森鴎外(青空文庫)

末尾部(原文より)

 わたくしは筆を擱くに臨んで、先づ此等の篇を載せて年を累ね、謗書旁午の間にわたくしをして稿を畢ふることを得しめた新聞社に感謝する。次にわたくしは彼笥を傾けて文書を借し、柬を裁して事実を報じ、編述を助成した諸友と、此等の稿を読んで著者の痴頑を責めなかつた少数の未見の友とに感謝する。  最後にわたくしは渋江伊沢等諸名家の現存せる末裔の健康を祝する。(終。)

「伊沢蘭軒」森鴎外(青空文庫)

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