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ジャンの新盆(山川方夫)のあらすじ・登場人物

東洋の無に憧れて死ぬ

  • 幻想
  • 風刺

山川方夫 1962年(昭和37年)7月 「ヒッチコック・マガジン」

文字数
6,063字
読了目安
約12分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

パリのカフェで「無」の思想を教えられ、「ナマミダープト」と唱えながら青酸カリを嚥んだフランス青年ジャンは、雲のなかの彼岸で新盆の資格審査を待っている——山川方夫の連作「親しい友人たち」の一編。門限は今夜の十二時。仏陀の慈悲で地上に降りた彼が見たのは、盆燈籠のかわりに軒なみはためく「中元大売り出し」の幟だった。憧れの国から見た戦後日本を、軽妙な諷刺のうちに描く。

あらすじ

神が死んだ国に生まれたジャンの悩みは、「個」の行方とその支えのなさだった。サン=ジェルマン・デ・プレのカフェで日本人に「無」の思想を教えられ、神はなく無が全であり個は無であると知った彼は、たちまち東洋かぶれとなり、去年の暮、念仏を呟きながら青酸カリを嚥んだ。ところがやってきたのは「無」ではなく、天と地のあいだの宙ぶらりんのような雲のなかだった。——鳩に似た頸の長い小鳥(じつは白象だという)が告げる。お前にも新盆が来た、かえるがよい。だが自殺者のジャンには魂を招く家族も、かえるべき場所の用意もない。仏陀の特別の慈悲によって、彼は今夜十二時までという門限つきで、好きな場所を歩く許可を得る。……夕暮れまでトウキョウの各地区を散策したジャンに来たのは落胆だけだった。どぶの匂いのする川のそばで俗悪な音楽にのって環をつくる「ボン踊り」。どこにも盆燈籠はなく、送り火もなく、見えるのは「中元大売り出し」の幟と、チョコチョコと歩きまわる多すぎるほどの人間ばかり。日本人はほんとうに仏教徒なのか。これがあの夢にまで見た日本の正体なのか。……疲れ果てて繁華街の雑沓を歩いていた彼は、真黒な髪を長く垂らした美しい日本人の女と目を合わせ、生まれてはじめての恋に捕えられる。バーの一角で、二人は孤独について語りあった。日本を否定することこそもっとも日本的なのだと女はいう。だがバーの時計は、二本の針を垂直に12へ重ねようとしていた。

登場人物

冒頭部(原文より)

 雲のなかで、ジャンはいらいらしながら待ちつづけた。なぜぼくの資格審査だけに手間どるのか。さっきまで雲のあいだにウヨウヨと見え隠れしていた黄色い顔の連中は、いまは一人も見えない。ニイボンだとかいって、みんなどこかへ姿を消してしまったのだ。ところがジャンにだけはまだなんの音沙汰もない。いったい、これはどうしたことなのだろう。ぼくがフランス人だからか。それとも、ぼくの死が自殺だからなのか?

「ジャンの新盆」山川方夫(青空文庫)

末尾部(原文より)

 ジャンは合掌した。そして答えた。 「……セ・ボン。ナマミダープト」  ――しかし、鳩に似た頸の長い小鳥は、まだ白象のすがたには見えなかった。あいかわらずの濃く白い煙につつまれた永遠の薄明のような雲のなかで、ジャンは、それにはまだまだ時間がかかるだろうと思いながら、念仏と合掌をつづけていた。自分が、もはやそれ以外になにもすることがないのを、彼は承知していた。

「ジャンの新盆」山川方夫(青空文庫)

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