陽炎座(泉鏡花)のあらすじ・登場人物
狸囃子が招く化物芝居
- 怪奇
- 幻想
- 文字数
- 33,382字
- 読了目安
- 約1時間7分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
本所の狸囃子に誘われた男が迷い込む怪奇譚。1913年(大正2年)5月、雑誌「新小説」に発表された。粗末な見世物小屋の舞台では、狐狸や化け物にまじって、恋に破れて狂死した娘・お稲の物語が演じられている。恨みが黒髪の呪詛へと転じていく幕内の声と、隣に座る美しい女の身の上とが重なるとき、芝居と現実の境が崩れ落ちる。松田優作主演、鈴木清順監督の映画(1981年)の原作としても知られる。
あらすじ
亀井戸詣の帰り、本所を歩いていた松崎は、どこからともなく聞こえてくる囃子の音に誘われる。土地の七不思議に数えられる狸囃子か——音をたどった先の空地には粗末な小屋掛けの見世物があり、狐が笛を吹き狸が太鼓を叩く化け物芝居がはじまっていた。隣の踏台には、先ほど橋のたもとで囃子を聞いていた美しい女が腰かけている。舞台に現れた雪女に扮する子役の顔は、今年の如月に葬式の出た近所の娘・お稲に生き写しだった。お稲は隣家の法学士に恋い焦がれながら思いを遂げられず、狂って死んだ娘である。やがて幕の中から皺がれた声が語りはじめる。お稲の黒髪は朽ちず、百年千歳を経て魔道の呪詛となるのだと。
登場人物
- 松崎 本郷に住む男。亀井戸詣の帰りに狸囃子へ誘われ、見世物小屋にたどりつく
- 美しい女 松崎の隣に腰かける十九の女。お稲が恋した法学士の新しい妻
- お稲 隣家の法学士に恋い焦がれ、思いを遂げられずに狂死した娘
- 幕の中の声 見越入道の口を借りて、お稲の恨みと黒髪の呪詛を語るもの
冒頭部(原文より)
「ここだ、この音なんだよ。」 帽子も靴も艶々と光る、三十ばかりの、しかるべき会社か銀行で当時若手の利けものといった風采。一ツ、容子は似つかわしく外国語で行こう、ヤングゼントルマンというのが、その同伴の、――すらりとして派手に鮮麗な中に、扱帯の結んだ端、羽織の裏、褄はずれ、目立たないで、ちらちらと春風にちらめく処々に薄りと蔭がさす、何か、もの思か、悩が身にありそうな、ぱっと咲いて浅く重る花片に、曇のある趣に似たが、風情は勝る、花の香はその隈から、幽に、行違う人を誘うて時めく。
「陽炎座」泉鏡花(青空文庫)
末尾部(原文より)
この黒髪は二筋三筋指にかかって手に残った。 海に沈んだか、と目に何も見えぬ。 四ツの壁は、流るる電と輝く雨である。とどろとどろと鳴るかみは、大灘の波の唸りである。 「おでんや――おでん。」 戸外を行く、しかも女の声。 我に返って、這うように、空屋の木戸を出ると、雨上りの星が晃々。 後で伝え聞くと、同一時、同一所から、その法学士の新夫人の、行方の知れなくなったのは事実とか。……松崎は実は、うら少い娘の余り果敢なさに、亀井戸詣の帰途、その界隈に、名誉の巫子を尋ねて、そのくちよせを聞いたのであった……霊の来った状は秘密だから言うまい。魂の上る時、巫子は、空を探って、何もない所から、弦にかかった三筋ばかりの、長い黒髪を、お稲の記念ぞとて授けたのを、とやせんとばかりで迷の巷。 黒髪は消えなかった。
「陽炎座」泉鏡花(青空文庫)
原文を読む
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