アプリで読む

無料・登録不要

カナリヤと少女(山川方夫)のあらすじ・登場人物

目だけで語りかける恋

  • 恋愛
  • 幻想

山川方夫 1963年(昭和38年)3月 「中部日本新聞」

文字数
2,534字
読了目安
約5分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

港町の小さな食堂に、生まれつき耳が聞こえず口もきけない少女がいた。ただ一羽のカナリヤが彼女のペットだった——山川方夫が中部日本新聞の夕刊に書いた掌編。遠洋へ出る若者と交わした指切りを、少女は永遠の約束と信じる。

あらすじ

少女は目が大きく、必死に食い入るようにまじまじと相手を見る癖があった。生まれつき耳が聞こえず、唖であった彼女は、遠洋漁業の根拠地である港町の食堂で働いている。一羽のカナリヤが彼女のただ一つのペットで、小鳥は夜は屋根裏の籠に、昼は彼女の肩の上にとまっていた。ある春の日、全身から海の香りのする若者が店に入ってくる。カナリヤがふいに若者の肩にのり、二人の目が出会って、次の瞬間にはどちらからともなく笑っていた。……若者は毎日のように通ってきた。少女の目にはじらいとよろこびのかがやきが宿り、彼女以外のだれにも慣れなかったカナリヤが、しきりに彼の頬に翅をすりつけるようになる。だが少女は目でしか心を語りかけることができない。春が過ぎ、若者はまた遠い海へ出発しなければならなかった。出港前夜、少女は彼の前に立ち、まばたきもせず全身の思いを目にこめて訴えた。帰ってきて。かならず。そして私といっしょになって。若者はすこしうろたえ、だが笑いながら二、三度首をたてに振る。彼はただ「無事でね」と励まされたのだとだけ解釈したのだった。少女は顔を真赤にしてその手をとり、小指をむすんでつよく振った。カナリヤが二人の肩を往復して啼きつづけた。——遭難の報せは二ヵ月後に届く。少女は毎夜、肩にカナリヤをとまらせて浜辺に立ち、海をみつめるようになった。ある日ふと彼女は思う。あの人は海の向う側にいるのじゃない、海に溶けてしまったのだ、と。

登場人物

冒頭部(原文より)

 少女は目が大きく、すこし茶色がかった髪の色が、その色白の頬によく似合っていた。だが彼女は、いつもその大きな目で、必死に食い入るようにまじまじと相手を見る癖があった。不幸なことに、彼女は生まれつき耳が聞こえず、また、唖であった。  その町は港で、遠洋に出漁する漁船たちの根拠地の一つだった。彼女は町の、海岸に近い小さな食堂につとめていた。

「カナリヤと少女」山川方夫(青空文庫)

末尾部(原文より)

 夜のせまりはじめた海を呆然と眺めたまま、捜索の男たちの一人が声をあげた。暗い充溢をたたえたその海面に、彼は、いつも必死にこちらをみつめていたあの少女の目の、よろこびにみちた無言のそのかがやきを見た気がしたのである。  と、こんどはすべての人びとの耳に、一瞬、砕ける波の轟音のあいだを縫い、あのカナリヤのたからかな囀りの音が聞こえた。……だが、それは風に鳴る帆綱の音に、人びとが、それを錯覚したのかもしれなかった。

「カナリヤと少女」山川方夫(青空文庫)

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

青空文庫の図書カード

同じ作家の作品

近い作品