快走(岡本かの子)のあらすじ・登場人物
月夜の堤防をひた走る娘
- 家族
- 青春
- 文字数
- 5,273字
- 読了目安
- 約11分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
岡本かの子が1938年(昭和13年)12月号の少女雑誌「令女界」に発表した短編。のちに短編集『老妓抄』に収められた。女学校を出たばかりの道子は、節約が叫ばれる時節に家族の着物の縫い直しに追われる毎日を送っている。肩の凝った冬の夕方、ふと多摩川の堤防に出た道子は、在学中にランニングの選手だったころの気持ちをよみがえらせる。窮屈な暮らしのなかで、月光の堤防を走る若い娘の高揚と、娘の様子をいぶかる家族のやりとりを、明るくユーモラスな筆致で描いた小品。戦時色が濃くなる時代の家庭の空気と、身体を動かす喜びの対比が鮮やかである。
あらすじ
女学校を卒業したばかりの道子は、国策に添って和服で暮らすようにと、家族の正月着物の縫い直しに一日中追われていた。冬の夕方、肩の凝りをほぐしに多摩川べりの草原へ出た道子は、夕焼けに浮かぶ秩父の山々を眺め、追いつめられたような毎日に不満を覚える。月明かりの堤防の上で誰も見ていないのを確かめると、下駄を脱ぎ、着物の裾をはしょって思い切り駆けた。女学校時代にランニングの選手だった道子の全身に、溌剌と生きている実感がよみがえる。翌日から道子は、着物の下にシャツとパンツを着こんで「銭湯へ行く」と家を出ては、月夜の堤防を走り、それから湯屋で汗を流して帰るようになった。母親は娘の長湯をいぶかり、兄の陸郎に後をつけさせるがあてにならない。そこへ道子の友人から、月光の堤防を疾駆するあなたを思うと胸が躍る、という手紙が届き、両親は封を開けて秘密を知る。叱ろうとする母親を、父親は、窮屈な暮らしで屈託したのだろうと引き止め、自分の分身が月光の中を走るところを見てみたいと言い出す。母親も一緒に行くと言い、二人は思わず笑い合う。次の月夜、母親は何食わぬ顔で道子を銭湯へ送り出し、道子は二日分を取り返そうと堤防を往復する。後を追って駆けてきた父親は、遠くを飛ぶ白い姿を見つけて「あれだ」と指さし、息を切らして追いついた母親と、自分たちもまだ若いと笑い合う。月光の下を寒風を切って走ったことが、二人には近ごろにない喜びだった。
登場人物
- 道子 女学校を卒業したばかりの娘。在学中はランニングの選手で、月夜の多摩川の堤防を密かに走りはじめる
- 陸郎 道子の兄。会社勤めで、妹をからかう
- 準二 道子の弟
- 母親 道子の長湯をいぶかり、様子を探ろうとする
- 父親 会社の年末整理に忙しい。娘の秘密を知り、走る姿を見たいと言い出す
冒頭部(原文より)
中の間で道子は弟の準二の正月着物を縫い終って、今度は兄の陸郎の分を縫いかけていた。
「快走」岡本かの子(青空文庫)
末尾部(原文より)
「俺達は案外まだ若いんだね」 「おほほほほほほほほほほ」 「あはははははははははは」 二人は月光の下を寒風を切って走ったことが近来にない喜びだった。二人は娘のことも忘れて、声を立てて笑い合った。
「快走」岡本かの子(青空文庫)
原文を読む
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