寒山拾得(森鴎外)のあらすじ・登場人物
盲目の尊敬を笑う風狂の二人
- 歴史
- 文字数
- 6,176字
- 読了目安
- 約12分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
森鴎外が1916年(大正5年)1月、「新小説」に発表した短編小説。中国・唐代の説話に取材し、台州の長官・閭丘胤が、国清寺の厨で下働きをする風狂の二人――寒山と拾得――を文殊・普賢の化身と聞かされ、拝みに出かけるところから話が始まる。権威をかさに着た者の「盲目の尊敬」を、飄逸な筆致で軽やかに諷した鴎外歴史小説の佳品。作者が自らの子に語り聞かせた話がもとになっており、その経緯は「寒山拾得縁起」に記されている。
あらすじ
唐の貞観のころ、台州の主簿(長官)として赴任した閭丘胤は、ひどい頭痛に悩まされていたが、通りかかった豊干という僧に加持を受けてたちどころに癒される。閭は豊干に、自分の任地に文殊や普賢のような優れた聖はいないかと尋ねる。すると豊干は、国清寺の厨で飯炊きの下働きをしている寒山と拾得こそ、文殊・普賢の化身にほかならぬと告げて去っていった。着任した閭は、さっそく国清寺へおもむき、うやうやしく寒山・拾得に会わせてほしいと申し出る。寺僧に案内されて厨の竈の前へ行くと、そこにいたのは、垢じみたぼろをまとい、火にあたって談笑する二人の風狂の男であった。閭が地方長官の威儀を正してうやうやしく礼拝すると、寒山と拾得は顔を見合わせて腹の底から笑い出し、「豊干がしゃべったな」と言い捨てるや、いっさんに厨を駆け出して逃げ去ってしまう。あとには、あっけにとられた閭と、真っ青な顔で立ちすくむ寺僧の道翹が残された。権威を笠に着て聖を拝もうとする者の「盲目の尊敬」を、鴎外が飄逸な筆で軽やかに諷した一編である。
登場人物
- 閭丘胤 台州に赴任した官吏(主簿)。豊干の言葉を信じ、寒山・拾得を拝みに国清寺を訪れる
- 寒山 国清寺の厨で下働きをする風狂の者。文殊の化身と伝えられる
- 拾得 同じく厨で働く風狂の者。普賢の化身と伝えられる
- 豊干 閭の頭痛を癒し、寒山・拾得の正体を告げる僧
冒頭部(原文より)
唐の貞観のころだというから、西洋は七世紀の初め日本は年号というもののやっと出来かかったときである。閭丘胤という官吏がいたそうである。もっともそんな人はいなかったらしいと言う人もある。なぜかと言うと、閭は台州の主簿になっていたと言い伝えられているのに、新旧の唐書に伝が見えない。主簿といえば、刺史とか太守とかいうと同じ官である。支那全国が道に分れ、道が州または郡に分れ、それが県に分れ、県の下に郷があり郷の下に里がある。州には刺史といい、郡には太守という。一体日本で県より小さいものに郡の名をつけているのは不都合だと、吉田東伍さんなんぞは不服を唱えている。閭がはたして台州の主簿であったとすると日本の府県知事くらいの官吏である。そうしてみると、唐書の列伝に出ているはずだというのである。しかし閭がいなくては話が成り立たぬから、ともかくもいたことにしておくのである。
「寒山拾得」森鴎外(青空文庫)
末尾部(原文より)
二人は同時に閭を一目見た。それから二人で顏を見合わせて腹の底からこみ上げて来るような笑い声を出したかと思うと、一しょに立ち上がって、厨を駆け出して逃げた。逃げしなに寒山が「豊干がしゃべったな」と言ったのが聞えた。 驚いてあとを見送っている閭が周囲には、飯や菜や汁を盛っていた僧らが、ぞろぞろと来てたかった。道翹は真蒼な顏をして立ちすくんでいた。
「寒山拾得」森鴎外(青空文庫)
名文
逃げしなに寒山が「豊干がしゃべったな」と言ったのが聞えた。
文殊・普賢の化身と聞いて礼拝に来た閭丘胤から、寒山と拾得が笑って逃げ出す結末の一文。権威や伝聞にすがって有難がる態度を、軽やかに突き放して物語を閉じる。
原文を読む
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