形(菊池寛)のあらすじ・登場人物
恐れられたのは実力か形か
- 歴史
- 文字数
- 1,684字
- 読了目安
- 約3分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
菊池寛が1920年(大正9年)、「大阪毎日新聞」に発表した短編小説。江戸時代の逸話集『常山紀談』に取材した歴史小説で、教科書にもたびたび採られる名短編である。戦国の畿内に「鎗中村」と恐れられた侍大将・中村新兵衛が、その武勇の象徴であった猩々緋の服折と唐冠の兜を若武者に貸したことから、思わぬ運命をたどる。人が恐れていたのは実力そのものか、それとも「形」だったのか――外面の形式が持つ不思議な力を鋭く問う一編である。
あらすじ
摂津半国の主・松山新介の侍大将、中村新兵衛は、五畿内中国に鳴りひびく大豪の士であった。火のような猩々緋の服折を着て、唐冠纓金の兜をかぶった彼の武者姿は、戦場で輝くばかりのあざやかさを放ち、「ああ猩々緋よ唐冠よ」と敵の雑兵は恐れをなして鎗先を避けた。ある時、日ごろ目をかけている若い侍が、初陣にあたって、手柄を立てたいゆえにあの猩々緋と唐冠を貸してほしいと願い出る。新兵衛は快く承知し、自分は地味な黒皮縅の鎧に、なじみのない兜をつけて出陣した。翌日の合戦、猩々緋を借りた若武者は、その形の威光だけで敵をなぎ倒し、めざましい功名を立てる。ところが、いつもの装いを捨てた新兵衛の前では、敵はまるで怖気づかない。それどころか、日ごろ「鎗中村」に突きみだされた恨みを晴らそうと、雑兵たちはたけり立って十二分の力を振るってくる。新兵衛は必死に戦うが、平素の二倍の力を出してもなお突き負けそうになる。手軽に兜や猩々緋を貸したことを後悔しかけたその時、敵の鎗が彼の脾腹を貫いていた――。人が恐れていたのは新兵衛の実力そのものだったのか、それとも猩々緋と唐冠という「形」だったのか。外面の形式が持つ不思議な力を、菊池が引き締まった筆致で描いた名短編である。
登場人物
- 中村新兵衛 「鎗中村」と恐れられた松山家の侍大将。武勇の象徴たる猩々緋の服折と唐冠の兜を若武者に貸し、地味な装いで出陣して思わぬ最期を遂げる
- 若い侍 新兵衛が日ごろ目をかける侍。初陣で手柄を立てたいと、新兵衛の猩々緋と唐冠を借りて奮戦する
冒頭部(原文より)
摂津半国の主であった松山新介の侍大将中村新兵衛は、五畿内中国に聞こえた大豪の士であった。 そのころ、畿内を分領していた筒井、松永、荒木、和田、別所など大名小名の手の者で、『鎗中村』を知らぬ者は、おそらく一人もなかっただろう。それほど、新兵衛はその扱き出す三間柄の大身の鎗の鋒先で、さきがけ殿の功名を重ねていた。そのうえ、彼の武者姿は戦場において、水ぎわ立ったはなやかさを示していた。火のような猩々緋の服折を着て、唐冠纓金の兜をかぶった彼の姿は、敵味方の間に、輝くばかりのあざやかさをもっていた。
「形」菊池寛(青空文庫)
末尾部(原文より)
新兵衛は、いつもとは、勝手が違っていることに気がついた。いつもは虎に向かっている羊のような怖気が、敵にあった。彼らは狼狽え血迷うところを突き伏せるのに、なんの雑作もなかった。今日は、彼らは戦いをする時のように、勇み立っていた。どの雑兵もどの雑兵も十二分の力を新兵衛に対し発揮した。二、三人突き伏せることさえ容易ではなかった。敵の鎗の鋒先が、ともすれば身をかすった。新兵衛は必死の力を振るった。平素の二倍もの力さえ振るった。が、彼はともすれば突き負けそうになった。手軽に兜や猩々緋を借したことを、後悔するような感じが頭の中をかすめたときであった。敵の突き出した鎗が、縅の裏をかいて彼の脾腹を貫いていた。
「形」菊池寛(青空文庫)
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