木の都(織田作之助)のあらすじ・登場人物
上町台地の樹々と少年の日
- 心理
- 文字数
- 8,988字
- 読了目安
- 約18分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 大阪府
この作品について
織田作之助が1944年(昭和19年)に発表した自伝的な短編小説。「木のない都」といわれる大阪を舞台に、生国魂神社の樟、口縄坂や源聖寺坂の木々など、幼い日の記憶をいろどった上町台地の樹々をたどりながら、作者みずからの少年時代を回想する。後段では、十年ぶりに訪ねた坂の中腹のレコード店「名曲堂」と、その一家の知的障害のある息子・新坊をめぐる哀話が、戦時下の世相を背景にしみじみと語られる。大阪への深い愛着に貫かれた、織田文学の抒情的な一面をよく示す佳作である。
あらすじ
「大阪は木のない都だ」といわれるが、作者の幼い日の記憶は不思議に木と結びついている。生国魂神社の境内の、巳さんが棲むといわれて怖かった樟の老木、北向八幡の蓮池に落ちて着物を干した銀杏、源聖寺坂や口縄坂を覆う緑――上町台地の樹々の記憶をたどりながら、「私」は自らの少年時代を回想していく。やがて話は、その坂の中腹にあったレコード店「名曲堂」へと移る。店の一家には、レコードと音楽をこよなく愛する、知的障害のある息子・新坊がいた。十年ぶりにその坂を訪れた「私」が名曲堂をのぞくと、店は「時局に鑑み廃業仕候」の貼り紙とともに固く閉ざされていた。隣家の老人に尋ねれば、家を恋しがってばかりの新坊のために、一家は思い切って新坊のいる名古屋へ移り、一緒に暮らして働くことにしたのだという。口縄坂は寒々と木が枯れ、白い風が走っていた。石段を降りながら「私」は、青春の回想の甘さは終わり、新しい現実が自分に向き直ってきたことを思う。大阪の坂と樹々への愛惜に満ちた、織田作之助の抒情的な佳品である。
登場人物
- 私 大阪・上町台地に育った作者自身を思わせる語り手。幼時の木々の記憶と青春をたどる
- 新坊 坂の中腹のレコード店「名曲堂」の息子。知的障害があり、レコードと音楽を愛する
- 名曲堂の主人と娘 新坊のために店を畳み、新坊のいる名古屋へ移っていく一家
冒頭部(原文より)
大阪は木のない都だといはれてゐるが、しかし私の幼時の記憶は不思議に木と結びついてゐる。 それは生国魂神社の境内の、巳さんが棲んでゐるといはれて怖くて近寄れなかつた樟の老木であつたり、北向八幡の境内の蓮池に落つた時に濡れた着物を干した銀杏の木であつたり、中寺町のお寺の境内の蝉の色を隠した松の老木であつたり、源聖寺坂や口縄坂を緑の色で覆うてゐた木々であつたり――私はけつして木のない都で育つたわけではなかつた。大阪はすくなくとも私にとつては木のない都ではなかつたのである。
「木の都」織田作之助(青空文庫)
末尾部(原文より)
口繩坂は寒々と木が枯れて、白い風が走つてゐた。私は石段を降りて行きながら、もうこの坂を登り降りすることも当分あるまいと思つた。青春の回想の甘さは終り、新しい現実が私に向き直つて来たやうに思はれた。風は木の梢にはげしく突つ掛つてゐた。
「木の都」織田作之助(青空文庫)
原文を読む
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