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菊千代抄(山本周五郎)のあらすじ・登場人物

男として育てられた者

  • 心理

山本周五郎 1950年(昭和25年)4月 「週刊朝日」

文字数
36,189字
読了目安
約1時間12分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

大名家の跡取りとして育てられた菊千代には、生涯明かせぬ秘密があった——男として生きることを課された者の内側を描く、山本周五郎の異色作。乳母の松尾だけが知る事情のもとで、菊千代は屋形の外の貧しい暮らしにも眼を向けてゆく。晩春の曙の光が障子にさす結びの場面まで、抑えた筆致が最後まで崩れない。

あらすじ

菊千代は巻野越後守貞良の第一子として生まれた。母は松平和泉守乗佑の女である。貞良は寺社奉行を勤めてはぶりがよく、上屋敷は丸の内にあったが、菊千代はおもに日本橋浜町の中屋敷か深川小名木沢の下屋敷でそだてられた。養育の責任者はもと次席家老の樋口次郎兵衛、身のまわりの世話は松尾という乳母がした。父の貞良は月に五たびくらい欠かさず会いに来る、髭の濃い眼の大きなこわいような顔で、笑うと片方の頬にえくぼができる穏やかな人であった——物語はこの静かな叙述から始まる。……成長するにつれ、菊千代は自らに課されたものの重さを知ってゆく。乳母の松尾は、いつぞや御別家の主税とお屋敷をぬけて泳ぎにいらしたことがございました、と昔を持ち出す。屋形のある丘の裾、竹藪や雑木林に囲まれたじめじめした一画には朽ちかかったあばら屋が三軒あり、そこで「いや、ならん、すぐに立退け」と迫る屋形の侍たちを見かけた菊千代は、思わず足を停めて声をかける。小屋の中にはひどく痩せた男が一人、じっと頭を垂れていた。身分と性と役割に縛られた者が、その外側にある暮らしに触れてゆく。物語の終わり、菊千代は半三郎の手を掴み、その手へ頬を激しくすりつけて訴える。「菊千代を女にしてお呉れ……おまえのほかには誰もいない」。固く硬ばっていた半三郎の姿勢がしぜんとほぐれ、その手が肩へまわって静かに撫でてくれた。やがて抱き起こされ、顔をそむけて涙を拭いたとき、窓の明り障子にほのかな晩春の曙の光がさしていた。

登場人物

冒頭部(原文より)

一  菊千代は巻野越後守貞良の第一子として生れた。母は松平和泉守乗佑の女である。貞良は雁の間詰の朝散太夫で、そのころ寺社奉行を勤め、なかなかはぶりがよかった。

「菊千代抄」山本周五郎(青空文庫)

末尾部(原文より)

 身をふるわせて、菊千代は彼の手を掴み、その手へ頬を激しくすりつけた。  それからあとは夢中のことのようにしか思いだせない。固く硬ばっていた半三郎の姿勢が、しぜんと柔らかくほぐれ、その手がいつか菊千代の肩へまわって、静かに、やさしく、劬るように撫でて呉れた。

「菊千代抄」山本周五郎(青空文庫)

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