金五十両(山本周五郎)のあらすじ・登場人物
生き方に目覚める若者の人情譚
- 歴史
- 心理
- 文字数
- 11,849字
- 読了目安
- 約24分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 静岡県
この作品について
山本周五郎が1947年(昭和22年)、「講談雑誌」に発表した時代小説。遠江・浜松の宿「柏屋」に流れついた、みすぼらしい旅人。宗吉という若者と、お滝という女中をめぐって、人が「どう生きるべきか」という問いが静かに立ちあらわれる。他人の犠牲と誠意に触れて、若者が生きる意味に目覚めていくさまを描いた、山本らしい人情ものである。
あらすじ
遠江のくに浜松の町はずれに、「柏屋」という宿があった。もとは小さな旅籠が、変わった庖丁ぶりの料理人のおかげで、いつしか料理茶屋のようになった店である。ある梅雨どきの暮方、どうして紛れこんだか、一人のみすぼらしい旅人がこの柏屋へ草鞋を脱いだ——その旅人をめぐって、物語は動きだす。宗吉という若者と、お滝という女中。そして、源之丞という人物とその親の生き方が、宗吉の心を大きく揺さぶる。源之丞は自分のために死んだのではない、その親は禄を放たれても悔んだり怨んだりしていない、それどころか心残りはないとさえ言う——そのことを知って、宗吉は身ぶるいする。「こう生きなくちゃあいけないんだ、人間はこう生きなくちゃあいけないんだ」。世の中の広さ、人間の生き方の深さが、宗吉にはおぼろげに見えはじめる。「おまえに逢えてよかったな、お滝、これからいっしょにやろう、世の中は苦労のしがいがあるぜ」——大きな力が体いっぱいに溢れるのを感じながら、彼はそっと笑うのだった。人の誠意と生き方に触れて、若者が再生していくさまを描いた、山本の人情ものである。
登場人物
- 宗吉 生きる意味に目覚めていく若者
- お滝 柏屋の女中
冒頭部(原文より)
遠江のくに浜松の町はずれに、「柏屋」という宿があった。 城下で指折りの旅館「柏屋孫兵衛」の出店として始まり、ごく小さな旅籠だったのが、ちょっと変った庖丁ぶりの料理人がいて、それが城下の富商や近在の物持たちのにんきを呼び、しぜんと料理茶屋のようなかたちになってしまった。
「金五十両」山本周五郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
世の中の広さ、人間の生き方の深さ、宗吉にはいまおぼろげながらそれが見えだしたようだ。彼は大きなちからが躯いっぱいに溢れるような気持を感じながら、そっと眼で笑ってこう呟いた。 「おまえに逢えてよかったな、お滝、……これからいっしょにやろう、世の中は苦労のしがいがあるぜ」
「金五十両」山本周五郎(青空文庫)
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