雲は天才である(石川啄木)のあらすじ・登場人物
代用教員が抱いた理想と反逆
- 心理
- 文字数
- 31,809字
- 読了目安
- 約1時間4分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 岩手県
この作品について
石川啄木が1906年(明治39年)に書き、没後の1919年(大正8年)、「啄木全集」に収められて発表された自伝的小説。故郷の渋民村での代用教員時代に取材した作品である。月給わずか八円の代用教員「自分」が、課外授業に全魂を注いで少年たちの胸に火を放ちながら、田舎の小学校の凡庸と因習に窒息しそうになる。青雲の志を抱いた若者の理想と反逆を、自在に空をゆく「雲」に託して描いた一編である。
あらすじ
六月三十日、S――村尋常高等小学校の職員室。壁の掛時計さえ教師たちの単調な生活に感化されたように、活気のない悲鳴をあげて午後三時を報じる。月給わずか八円の代用教員である「自分」は、規定の授業を終えたのち、生徒の希望に応えて始めた課外の英語・歴史の時間に、自らの一切の智識・不平・経験・思想を火箭のように注ぎこむのを、一日じゅうで最も幸福な時間としていた。十三から十六の少年少女五十幾人の若い胸に火を放ち、教場はさながら「生命反乱の活画図」、革命のジャコバン党のような熱狂に包まれる。ところがこの日、妻の尻に敷かれた平凡の極致のような田島校長の一言で、「自分」はその愛する課外授業を休まされ、無意味な事務仕事という「地獄」に堕とされて、鬱憤をつのらせる。青雲の志を抱きながら、田舎の小学校の凡庸さに窒息しそうな若き代用教員――その姿を、後半では、同僚の石本が語る、貧窮のなかで出会った「世外の狂人」天野朱雲との別れの物語が受けとめる。天野は全財産を売って石本の旅費に充て、「戦って生きるのだ」と言い残して去っていったのだった。「雲は天才である」――自在にかたちを変えて空をゆく雲に、若き理想と反逆の魂を託した、啄木の自伝的な小説である。
登場人物
- 自分 月給八円の代用教員。課外授業に全魂を注いで少年たちを鼓舞するが、田舎の小学校の凡庸と因習に窒息しそうになる青雲の志の青年
- 田島校長 平凡の極致のような校長。妻の尻に敷かれ、「自分」の愛する課外授業を休ませる
- 石本 同僚の教員。貧窮のなかで出会った「世外の狂人」天野朱雲との別れを語る
- 天野朱雲 全財産を売って石本の旅費に充て、「戦って生きるのだ」と言い残して去る風変わりな人物
冒頭部(原文より)
六月三十日、S――村尋常高等小学校の職員室では、今しも壁の掛時計が平常の如く極めて活気のない懶うげな悲鳴をあげて、――恐らく此時計までが学校教師の単調なる生活に感化されたのであらう、――午後の第三時を報じた。大方今は既四時近いのであらうか。といふのは、田舎の小学校にはよく有勝な奴で、自分が此学校に勤める様になつて既に三ヶ月にもなるが、未だ嘗て此時計がK停車場の大時計と正確に合つて居た例がない、といふ事である。
「雲は天才である」石川啄木(青空文庫)
末尾部(原文より)
『……人生は何処までも惨苦です。僕は天野君から真の弟の様にされて居たのが、自分一生涯の唯一度の幸福だと思ふのです。』 語り来つて石本は、痩せた手の甲に涙を拭つて悲気に自分を見た。自分もホツと息を吐いて涙を拭つた。女教師は卓子に打伏して居る。
「雲は天才である」石川啄木(青空文庫)
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