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恐怖の正体(山川方夫)のあらすじ・登場人物

私は屍体などこわくない

  • 怪奇
  • ミステリ

山川方夫 1962年(昭和37年)3月 「ヒッチコック・マガジン」

文字数
4,541字
読了目安
約9分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

「だから、私は屍体なんかこわくはないっていったんだ」——瘠せた小男が語りはじめる、山川方夫の連作「親しい友人たち」の一編。屍体写真を次から次へと突きつけられた男の恐怖の、本当の正体とは何か。

あらすじ

喉ぼとけの突き出た瘠せた若い男が、負けた犬のような目つきで語りはじめる。——家にあった時代ものの指環と首飾りを売りたくて、彼は小学校の同級生だった女に相談した。古道具屋に詳しいという、その夫が問題だった。夕食に招かれたその夜、細君が台所に立ったすきに、男はそっと裸の女の写真を差し出した。エロ写真だと思って見入る「私」に、男は低声で「そりゃタテだよ、こう、横にして見るんだ」といい、それが検屍台に寝かされた屍体の写真であること、端から順に扼殺、ガス自殺であることを、嬉しげに説明してみせる。ヒョータン型の肉片を「アミーバの拡大写真ですね?」と当てた「私」に、男は一語一語区切っていう。「これはね、締めころされた女の、舌です」。気づいたとき「私」は畳に仰向けに寝ていた。爆発するような哄笑が全身にひびいた。——その日から男は、機会あるごとに、いや機会をつくってまで屍体写真を「私」に見せ、そのたびの恐怖の表情を甘美な快楽のように味わうようになる。家族のアルバムに惨殺屍体の写真が挟まれ、町角ではポケットからいきなり写真が突き出される。「私」は幾度も、屍体がこわいのではない、生きている人間の理不尽な生命こそが不気味なのだと訴えたが、男は頭からわかろうとしない。……そして今日、やっと指環と首飾りは七千三百円になった。礼金を渡し、二割を払い、ビールで乾杯し、これですべては終わる——そう思った瞬間、男は鞄からまた写真を出したのだった。

登場人物

冒頭部(原文より)

 ――だから、私は屍体なんかこわくはないっていったんだ。私には、人間の生命ってやつが不気味なんだ。なにをしでかすかわからないし、それはおそろしく、むごたらしく、奇怪で、醜悪なものだ。私のこわいのは、それだ。……まえまえから、私は、ただそのことだけをいいつづけてきたんだ。  喉ぼとけの突き出た瘠せた若い男は、そういうとコップの水を一息に飲んだ。彼は小柄で、負けた犬みたいなおどおどとした目つきをしていた。が、その目を急に昂然とかがやかせて、速口にしゃべり出した。……

「恐怖の正体」山川方夫(青空文庫)

末尾部(原文より)

 ――よし。これで調書はいい。……ところで、君の職業は?  ――都の職員です。火葬場に勤めています。  ――火葬場? ほう。すると、君は隠亡かね?  ――世間ではそういいます。と、男は喉ぼとけをぎくぎくと動かしながら答えた。  ――生れつきの、父の代からの職業ですけど、いまでは屍体焼却夫というのが、正式の呼名なんです。  彼の目は、ふたたび、おどおどとした負けた犬のようなそれにかわっていた。

「恐怖の正体」山川方夫(青空文庫)

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