メリイ・クリスマス(山川方夫)のあらすじ・登場人物
身長五センチの恋人
- 幻想
- 恋愛
- 文字数
- 6,445字
- 読了目安
- 約13分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
秋の夜ふけ、高層アパートの手すりに腰かけて笑っている、身長五センチにみたない美しい女性——山川方夫の連作「親しい友人たち」の一編。彼は机の抽斗しに彼女の寝床をつくり、声ではなく目だけで会話をかわす日々をはじめる。小さな恋人に夢中になるほど、隣で眠る妻の肌は毛穴ばかりが目立つ怪物めいたものに変わっていく。
あらすじ
月の美しい夜ふけ、都心の高層アパートの最上階。部屋に戻ろうとした彼は、背後にごく微かな女の忍び笑いを聞く。手すりの金棒に脚を組んで腰かけていたのは、身長五センチにみたない、月光を凝固したような色のスーツを着た美しい女性だった。「私を好き?」——話しかけているのは声ではなく目だった。声を出すと吹き飛ばされてしまうから、と彼女はいう。彼は絹ハンカチと綿で机の抽斗しに彼女のベッドをつくり、通風のための細い隙間をのこして閉めてやった。……翌日も彼女はそこにいた。それから彼と五センチの彼女との交際がはじまる。彼女はちがう星の生物で、月が四つある星の話、タイム・マシン、宇宙の戦争の話をした。衣裳は光によって色を変え、なにも食べず、彼が眠るときに眠った。彼の会社での評判はよくなり、課長補佐に上がった。彼女は彼だけの、大切な秘密だった。——だが、小さな彼女と目で語りあうほど、妻は大きすぎ、声はそうぞうしすぎるものになっていく。かつて惚れぼれした妻の肌は毛穴ばかり目立つ象の皮膚に見え、接吻をしようとして彼は吐気に身をそらせた。「うるさい! だまってしゃべれないのか?」。二人のベッドは部屋のできるだけ遠い場所へ離された。……十二月の終り近く、手すりにもたれる彼のもとに彼女が現れ、今夜ここを立つと告げる。休暇が終わり、別の星の生物に生まれかわりに行かなければならないのだと。そこへ、同じ色の背広を着た五センチほどの青年が一人、にこやかに笑いながらやってきた。
登場人物
- 彼 高層アパートの最上階に住む会社員
- 妻 結婚してまる三年になる
- 小さな彼女 身長五センチにみたない女性
- 小さな青年 妻の三面鏡の抽斗しにいた
冒頭部(原文より)
ある秋の夜。むし暑く、寝苦しいまま、彼はアパートの手すりにもたれて、目の下にひろがる都会の夜を、ぼんやりと眺めていた。彼の部屋は、都心に近い高層アパートの、それも最上階にあった。 月の美しい夜ふけで、空は月のまわりだけ穴をあけたように明るく澄み、淡い煙に似た薄い雲が、ときどきそのまんまるな月の前を流れていた。しばらく風に吹かれてから、彼が部屋に戻ろうとしたとき、ふと、背後にごく小さな――まったく、ごく微かな、しかし明瞭な女の忍び笑いが聞こえた。
「メリイ・クリスマス」山川方夫(青空文庫)
末尾部(原文より)
目の下にひろがる夜の都会は賑やかで、鋪道には車と人間があふれていた。今夜は、ひときわネオンも美しく夜空に映えているように思える。たのしげな音楽も流れてくる。 ふいに妻がいった。 「……そうだわ。今夜は、クリスマス・イヴなんだわ」 二人は目を見あった。そのとき二人には言葉は要らなかった。二人は、おたがいの中に、それぞれ今夜生まれたあたらしい生命の貴重さを眺めていた。
「メリイ・クリスマス」山川方夫(青空文庫)
原文を読む
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