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夢殿殺人事件(小栗虫太郎)のあらすじ・登場人物

孔雀明王が下りた密室

  • ミステリ

小栗虫太郎 1934年(昭和9年)1月 「改造」

文字数
27,423字
読了目安
約55分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

小栗虫太郎が1934年(昭和9年)1月号の「改造」に発表した、法水麟太郎ものの短編探偵小説。真夏の東京郊外、有髪の尼僧ばかりが集う密教の尼寺・寂光庵で、奇蹟行者と尼僧の一人が死んでいるのが見つかる。現場の「夢殿」は錠前の下りた密室で、行者の体には梵字の形をした傷が刻まれ、あたりには金泥の花弁が散り敷かれていた。庵主の尼は菩薩の奇蹟だと言い張り、法水に奇蹟を否定する推理をしてみせよと迫る。仏画・経典・梵字の語彙と、心理学や生理学の学説を絢爛と並べる文体のなかで、法水と支倉検事が密室と流血の謎に挑む。

あらすじ

八月十三日、法水麟太郎と支倉検事は、庵主の盤得尼から奇蹟を証してほしいという手紙を受け取り、北多摩の尼寺・寂光庵へ駆けつける。有髪の尼僧ばかりの密教の教団に、竜樹の再来を称して出入りを許されていた奇蹟行者・推摩居士が、錠前の下りた夢殿の中で裂き殺され、そのそばで尼僧の浄善が絞め殺されていた。推摩居士は戦傷で両脚の膝下を失った人で、両腕と腰に梵字の形をした深い傷を負い、大量の血がどこかへ消えている。階上には玉幡からはがれた金泥が一面に散り、床には巨鳥の足跡のような跡が三階の孔雀明王の画幅の前まで続いていた。孔雀が画から抜け出し、四本の手の明王が尼を絞めたとしか思えない光景に、盤得尼は菩薩の奇蹟だと言い張る。法水は、油時計の狂い方から犯人が小窓を開けた時刻を割り出し、火焔太鼓の仕掛けから浄善が毒矢で体の自由を奪われていたことを見抜く。さらに尼僧たちに血痕の形を答えさせる心理試験を行い、千手観音の画像が動いて見える錯視と、手足を縛られて独楽のように回る浄善の体によって、犯人が密室から抜け出したからくりを解く。五日後、法水は検事に全貌を語る。推摩居士の膝の傷跡が孔雀の足跡を作り、赤い光に導かれた居士は、鉤を仕込んだ玉幡の中へ落ちて梵字形の傷を負った。血は幡の干茎が吸い込み、膨らんだ幡が浄善を絞め、日に乾いて縮むときに金泥が散ったのである。犯人は、推摩居士の復活を信じて屍体を見つめ続ける尼僧・寂蓮尼で、動機は奇蹟を見たいという願いだった。

登場人物

冒頭部(原文より)

 ――(前文略)違法とは存じましたけれども、貴方様がお越しになるまで、所轄署への報告を差控える事に致しました。と申しますのは、まことにそれが、現世では見ようにも見られない陀羅尼の奇蹟だからで御座います。  ある金剛菩薩の歴然とした法身の痕跡を残して、高名な修法僧は無残にも裂き殺され、その側に尼僧の一人が、これもまた不思議な方法で絞り殺されているので御座います。そればかりではなく、現場には、この世にない香気が漂い、梵天の伎楽が聴こえ、黄金の散華が一面に散り敷かれているのです。ああ法水様、申す迄もなく終局には、この真理中の真理が大焔光明と化して、十方世界に無遍の震動を起すに相違御座いませんけれども……、まずそれに先き立って、貴方様の卓越した推理法に依り、奇蹟を否定しようとする凡ゆる妄説を排除して頂きたく、御願いする次第で御座います――。

「夢殿殺人事件」小栗虫太郎(青空文庫)

末尾部(原文より)

けれども、あれほど偉い女が、水分を失った屍体が木乃伊化する事実を、知らぬ筈はないと思うがね。それさえも忘れさせて、あの凝視を続けている所を見ても、神秘思想と云うものの怖しさが……、どんな博学な人間でさえも、気狂い染みた蒼古観念の、ドン底に突き落してしまう事が判るだろう。ねえ支倉君、もう永い事はあるまいから、あの女には○○○○○待ってやる方がいいよ。それが、この陰惨な事件にある、ただ一つの希望なんだからね」

「夢殿殺人事件」小栗虫太郎(青空文庫)

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