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隣室の客(長塚節)のあらすじ・登場人物

私が打ち明ける若い日の秘密

  • 心理

長塚節 1910年(明治43年)9月 「ホトトギス」

文字数
31,721字
読了目安
約1時間3分
表記
新字旧仮名
種別
小説
舞台
  • 茨城県

この作品について

長塚節の短篇。品行方正と見られる「私」が、かつての秘密として、隣座敷の女への思いを告白する。利根川北岸の村に育った男の回想で、農村の貧しさと、男女の心の分からなさが語られる。

あらすじ

私は周囲から品行方正な人間として扱われているが、ここで秘密を打ち明けても、知る人の幾分は信じないだろう。人は他人の秘密を暴くことを痛快とするとともに、自分の隠し事をむき出しにしてみたくなることがある。そう語って、私は利根川の北にある、櫟林に包まれた小さな村での幼少期を語り始める。村は貧しいが、丈夫な子供たちが育つ。やがて語りは、隣座敷の女をめぐる出来事へと進み、結びで「私の心をいつまでもぢらすのは隣室の客である」と述べ、女は到底解けない謎だと言う。

冒頭部(原文より)

一  私は品行方正な人間として周囲から待遇されて居る。私が此所にいふやうな秘密を打ち明けても私を知つて居る人の幾分は容易に信じないであらうと思はれる。秘密には罪悪が附随して居る。私がなぜそれを何時までも匿して居ないかといふのに、人は他人の秘密を発くことを痛快とすると同時に自分の隠事をもむき出して見たいやうな心持になることがある。そこには又微かな興味が伴ふのである。

「隣室の客」長塚節(青空文庫)

末尾部(原文より)

 其後おいよさんはどうなつたか知らぬ。私が帰つた時母は私に何も知らないで居れといつた。私は母に強ひて聞く勇気もなかつた。それでも一年許りの間はおいよさんから何とか六かしいことでもいつて来やしないかと懸念がないではなかつた。私はずつと後になつてふと村の内外に当時おいよさんとの噂が立つて居たことを聞いた。実際あつたことでなければ其噂はいつか消滅して畢ふから後になれば分るといふことを人が一般にいつて居る。私の陋劣な手段は私の噂を葬つてしまつた。さうして今では村の内外に私を疑つて居るものがなくなつた。私はおいよさんとの間の行為を罪悪だと知つて居る。然し私はそれを羞ぢるよりも先づうまく匿しおほせて私の身を保ち得たことを心窃に悦ばぬ訳には行かぬ。私は僅に危い刃の先を免れたのであつた。世上を顧みても自分の非行を衷心から悔悟し得るものが果して幾人あるであらう。私はもうおいよさんに未練はない。今日まで思ひ出させては私をぢれつたくさせるのはおいよさんではなくて隣座敷の女である。女はいつまで経つても私には了解が出来ぬ。女は到底解けない謎である。私はうつかり女に手を出すことはもう一度で懲りた。私の心をいつまでもぢらすのはその隣室の客である。

「隣室の客」長塚節(青空文庫)

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