アプリで読む

無料・登録不要

夏の葬列(山川方夫)のあらすじ・登場人物

芋畑に、あの夏がよみがえる

  • 心理
  • 社会

山川方夫 1962年(昭和37年)8月 「ヒッチコック・マガジン」

文字数
4,787字
読了目安
約10分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

中学校の国語教科書の定番教材として、山川方夫の名を最も広く知らしめた短編。出張帰りに立ち寄った海辺の町で、疎開児童だった夏の記憶が男によみがえる。芋畑と艦載機、白いワンピース——十数年をへだてて二つの葬列が重なるとき、忘れようとしていた過去は、逃れようのない現在として彼の前に立ちはだかる。わずか十数枚に、戦争が個人に残す傷の重さを凝縮した一編である。

あらすじ

出張帰りのサラリーマンである彼は、東京へ戻るまでの数時間を使って、海岸の小さな町の駅に降り立った。戦争末期に疎開児童としてまる三カ月住んだ町である。夏の真昼、線路沿いを歩いていた彼は、青々とした芋畑の向こうに動く小さな葬列を見て、化石したように足をとめた。——十数年前、同じ場所で、彼は同じ疎開児童の年上の少女ヒロ子さんと並んで葬列を眺めていた。子供が行けばお饅頭がもらえると聞き、競走だと叫んで芋畑に飛び込んだそのとき、艦載機が襲来した。真っ白なワンピースを着たヒロ子さんが、恐怖で立ちすくむ彼を助けようと駆け寄ってくる。目立つ白い服の彼女を、彼は必死に突きとばした——。以来彼は、あの傷にさわりたくない一心でこの町を避けつづけてきた。今日こそあの記憶を過去に封印し、身を軽くして帰るつもりだった。ところが目の前の葬列について子供たちに尋ねた彼は、思いもよらぬ答えを聞かされる。柩に眠るのは、戦争で一人きりの女の子をこの畑の機銃掃射で失い、以来正気を失っていた母親だった——。二つの死は、結局おれのなかに埋葬されるほかはない。そう悟った彼は、葬列を追わずに駅への道を戻ってゆく。

登場人物

冒頭部(原文より)

 海岸の小さな町の駅に下りて、彼は、しばらくはものめずらしげにあたりを眺めていた。駅前の風景はすっかり変っていた。アーケードのついた明るいマーケットふうの通りができ、その道路も、固く鋪装されてしまっている。はだしのまま、砂利の多いこの道を駈けて通学させられた小学生の頃の自分を、急になまなましく彼は思い出した。あれは、戦争の末期だった。

「夏の葬列」山川方夫(青空文庫)

末尾部(原文より)

 やがて、彼はゆっくりと駅の方角に足を向けた。風がさわぎ、芋の葉の匂いがする。よく晴れた空が青く、太陽はあいかわらず眩しかった。海の音が耳にもどってくる。汽車が、単調な車輪の響きを立て、線路を走って行く。彼は、ふと、いまとはちがう時間、たぶん未来のなかの別な夏に、自分はまた今とおなじ風景をながめ、今とおなじ音を聞くのだろうという気がした。  思いながら、彼はアーケードの下の道を歩いていた。もはや逃げ場所はないのだという意識が、彼の足どりをひどく確実なものにしていた。

「夏の葬列」山川方夫(青空文庫)

名文

海岸の小さな町の駅に下りて、彼は、しばらくはものめずらしげにあたりを眺めていた。

山川方夫『夏の葬列』の書き出し。疎開児童として過ごした町を、大人になった「彼」が久しぶりに訪れるところから物語が始まる。

真夏の太陽がじかに首すじに照りつけ、眩暈に似たものをおぼえながら、彼は、ふと、自分には夏以外の季節がなかったような気がしていた。

芋畑の向こうに葬列を見た「彼」の感慨。過去の記憶にとらわれ、夏から抜け出せない心を短い一文が言い当てている。

もはや逃げ場所はないのだという意識が、彼の足どりをひどく確実なものにしていた。

かつて疎開した海辺の町を訪れた「彼」の姿で終わる結びの一文。少年の日の記憶から、もう逃れられないことを悟る。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

青空文庫の図書カード

同じ作家の作品

近い作品