日記帳(江戸川乱歩)のあらすじ・登場人物
弟の日記に潜む暗号
- ミステリ
- 文字数
- 6,863字
- 読了目安
- 約14分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
江戸川乱歩が1925年(大正14年)、「写真報知」に発表した短編。二十歳で世を去った内気な弟の初七日の夜、その日記帳を繰る「私」が、几帳面に綴られた文面の奥に、弟のひそかな恋と暗号の気配を読み取ってゆく。推理の妙と、若い死者への哀惜とが静かに交わる、乱歩初期の抒情的な佳品である。
あらすじ
初七日の夜、「私」は、二十歳で亡くなった内気な弟の書斎で、その日記帳を手に取る。恋も知らぬまま逝った弟をあわれみながらページを繰るうち、「私」は、弟がある女性——雪枝——にひそかな思いを寄せ、手紙のやりとりをしていたらしいことに気づく。日記には、二人が交わした奇妙な符牒——封筒に貼る切手の向きに意味を持たせた暗号——のことが記されていた。「私」がその暗号を読み解いていくと、弟と雪枝との間に、切ない行きちがいがあったことが明らかになる。弟は自分で考案した暗号には綿密だったのに、相手の暗号を読み取ることには鈍く、そのために思いを遂げられなかったのだ。しかも「私」の胸を狂わせたのは、単なる二人への同情だけではなかった。弟が死ぬ二か月前に取り決められた、「私」自身と雪枝との婚約——冬の夜の凍った風に熱した頭をさらしながら、「私」は取り返しのつかぬ事実に打ちのめされる。暗号と推理の趣向のなかに、若い死者への哀惜をこめた、乱歩初期の忘れがたい一編である。
冒頭部(原文より)
ちょうど初七日の夜のことでした。私は死んだ弟の書斎に入って、何かと彼の書き残したものなどを取出しては、ひとり物思いにふけっていました。 まだ、さして夜もふけていないのに、家中は涙にしめって、しんと鎮まり返っています。そこへ持って来て、何だか新派のお芝居めいていますけれど、遠くの方からは、物売りの呼声などが、さも悲しげな調子で響いて来るのです。私は長い間忘れていた、幼い、しみじみした気持になって、ふと、そこにあった弟の日記帳を繰ひろげて見ました。
「日記帳」江戸川乱歩(青空文庫)
末尾部(原文より)
ああ、私は弟の日記帳をひもといたばかりに、とり返しのつかぬ事実に触れてしまったのです。私はその時の心持を、どんな言葉で形容しましょう。それが、ただ若い二人の気の毒な失敗をいたむばかりであったなら、まだしもよかったのです。しかし、私にはもう一つの、もっと利己的な感情がありました。 私は熱した頭を冬の夜の凍った風にあてる為に、そこにあった庭下駄をつっかけて、フラフラと庭へ下りました。そして乱れた心そのままに、木立の間を、グルグルと果てしもなく廻り歩くのでした。 弟の死ぬ二ヶ月ばかり前に取きめられた、私と雪枝さんとの、とり返しのつかぬ婚約のことを考えながら。
「日記帳」江戸川乱歩(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。