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「女らしさ」とは何か(与謝野晶子)のあらすじ・登場人物

「女らしさ」は「人間らしさ」へ

  • 社会

与謝野晶子 1921年(大正10年)2月 「婦人倶楽部」

文字数
7,421字
読了目安
約15分
表記
新字新仮名

この作品について

「女らしさを失う」という言葉で女性の教育と労働を押さえつけようとする論者に、与謝野晶子が真正面から反論した評論。「女らしさ」なるものは結局「人間らしさ」に還元されるのであって、女性だけを縛る最高の価値標準ではない、と説く。

あらすじ

女子が男子と同じ高等教育を受け、同じ職業に就けば「女らしさ」を失って中間性の変態的な人間になる——そう論じる人たちに、与謝野晶子は問い返す。一般の女子に中学程度の教育すら授けず、市町村会議員の資格さえ与えていない日本で、どうして「同等の結果」を否定できるのか、と。そもそも「女らしさ」の正体は何か。内輪に歩くこと、人形のように温順しくしていること——それは欧米では通用しない日本だけの物差しではないか。紫式部は「一」の字も知らぬふりをして楽府を講じたが、そのことで女らしさを欠いたとは言われない。女帝も、女子の政治家も、戦時に軍需工場を支えた二百万の英国女性もいた。愛と優雅とつつましやかさは女子だけに求めるべきものではなく、人間全体に共通する人間性そのものである。母となることも同じで、生殖は父母双方の「人間的活動」であって、女子だけの任務ではない——。晶子は一つ一つ論拠をくずしながら、「女らしくない」という一語がどれだけ女性の活動を圧制してきたかを説き、現代人にとってほんとうに恐ろしいのは「人間らしくない」という言葉のほうだ、と結ぶ。

冒頭部(原文より)

 日本人は早く仏教に由って「無常迅速の世の中」と教えられ、儒教に由って「日に新たにしてまた日に新たなり」ということを学びながら、それを小乗的悲観の意味にばかり解釈して来たために、「万法流転」が人生の「常住の相」であるという大乗的楽観に立つことが出来ず、現代に入って、舶載の学問芸術のお蔭で「流動進化」の思想と触れるに到っても、動もすれば、新しい現代の生活を呪詛して、黴の生えた因習思想を維持しようとする人たちを見受けます。

「「女らしさ」とは何か」与謝野晶子(青空文庫)

末尾部(原文より)

 「女らしくない」という一語が、昔から、どれだけ女子の活動を圧制して来たか知れません。習慣というものは根強いもので、今でも「女らしくない」といわれると、一部の女子は蛇でも投げつけられたようにぎょっとして身を縮めます。しかし現代の女子の大多数は最早「女らしくない」という言葉くらいに恐れません。それはもっと恐ろしい言葉のあることを直感しているからです。即ち「人間らしくない」という言葉に由って表現される人間性の破滅が、何よりも現代人に取って恐ろしいものであることを思わずにいられないからです。

「「女らしさ」とは何か」与謝野晶子(青空文庫)

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