老妓抄(岡本かの子)のあらすじ・登場人物
発明を夢見る青年と老妓
- 心理
- 文字数
- 15,605字
- 読了目安
- 約31分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
1938年(昭和13年)11月、『中央公論』に発表された岡本かの子の短編。平出園子、芸者名を小そのという老妓は、長年の苦労で財産を築き、以前より自由な生活を送っている。百貨店では寂しげに歩き回る一方、仲間の芸者を相手に話し出せば、機知に富んだ語りで大笑いさせる。新しい電気器具にも心を躍らせる彼女のもとへ、修繕の仕事で青年・柚木がやってくる。発明をしたいという彼に、老妓は生活の面倒を見ようと申し出る。語り手は、和歌を教えた相手として老妓を紹介し、その身振り、会話、暮らしぶりから人物像を描き出す。文明の利器に感じる新鮮な驚きと、長く生きてきた女の記憶が重なるところに、若さや情熱を求める心が見える。人物を単に老いと若さで分けず、それぞれの欲望や仕事への思いを見つめる小説だ。
あらすじ
かつて花柳界に名を馳せた老妓・平出園子は、源氏名を小そのといい、今も真昼の百貨店などでその粋な姿を見かけられる。財を成して悠々と暮らす彼女のもとへ、ある日、家の電気器具の修繕に若い職人・柚木がやって来る。手先が器用で発明好きの柚木には、貧しさゆえに存分な研究のできない不遇があった。老妓は彼の才を惜しみ、いっそ自分の家に住まわせ、生活の面倒をすべて見るから心置きなく好きな発明に打ち込むがよい、と申し出る。金銭の憂いから解き放たれた柚木だったが、いざ自由を与えられると、かえって張り合いを失ったように物憂く沈み、時には家を空けて放蕩めいたふるまいさえ見せる。老妓は思うにまかせぬ青年に苛立ち、口やかましく世話を焼きながらも、いよいよ彼に執着してゆく自分を抑えられない。若い柚木の才能と生気を身近に置くことは、老いてなお衰えぬ彼女自身の激しい生命への渇望と、若者に託して自らの夢を生き直そうとする願いの現れでもあった。老いと若さ、庇護と束縛のあわいで揺れる二人の奇妙な同居のさまを、作者は妖艶な官能と軽妙な諧謔をもって描き出し、やがて老妓が詠んだ「年々にわが悲しみは深くして いよよ華やぐいのちなりけり」の一首をもって静かに物語を閉じる。
冒頭部(原文より)
平出園子というのが老妓の本名だが、これは歌舞伎俳優の戸籍名のように当人の感じになずまないところがある。そうかといって職業上の名の小そのとだけでは、だんだん素人の素朴な気持ちに還ろうとしている今日の彼女の気品にそぐわない。 ここではただ何となく老妓といって置く方がよかろうと思う。 人々は真昼の百貨店でよく彼女を見かける。
「老妓抄」岡本かの子(青空文庫)
末尾部(原文より)
真夏の頃、すでに某女に紹介して俳句を習っている筈の老妓からこの物語の作者に珍らしく、和歌の添削の詠草が届いた。作者はそのとき偶然老妓が以前、和歌の指導の礼に作者に拵えてくれた中庭の池の噴水を眺める縁側で食後の涼を納れていたので、そこで取次ぎから詠草を受取って、池の水音を聴きながら、非常な好奇心をもって久しぶりの老妓の詠草を調べてみた。その中に最近の老妓の心境が窺える一首があるので紹介する。もっとも原作に多少の改削を加えたのは、師弟の作法というより、読む人への意味の疏通をより良くするために外ならない。それは僅に修辞上の箇所にとどまって、内容は原作を傷けないことを保証する。 年々にわが悲しみは深くして いよよ華やぐいのちなりけり
「老妓抄」岡本かの子(青空文庫)
名文
年々にわが悲しみは深くして いよよ華やぐいのちなりけり
作品の末尾に置かれた一首。齢を重ねるほどに悲しみも生命の輝きも増すという、老妓の生き方そのものをうたう。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。