鹿踊りのはじまり(宮沢賢治)のあらすじ・登場人物
鹿が踊る夕べの野原
- 幻想
- 文字数
- 5,988字
- 読了目安
- 約12分
- 表記
- 新字新仮名
- 舞台
- 岩手県
この作品について
宮沢賢治が生前に刊行した唯一の童話集『イーハトヴ童話 注文の多い料理店』(1924年)に収められた一編。語り手が野原で聞いた風の言葉として、岩手の伝統芸能「鹿踊り」の起こりが語られる。栃の団子と置き忘れた手拭いを前にした鹿たちの警戒と好奇心、そして夕日とすすきの野原での踊りが、東北弁の鹿たちの会話と歌で描かれる。民俗芸能の精神を自然への畏敬のなかに見る、賢治童話の代表的な一編。
あらすじ
語り手はすすきの野原で疲れて眠り、風の声から、鹿踊りの本当の精神を聞く。むかし嘉十は北上川の東から移ってきて小さな畑を開いていた。膝を痛め、西の山の湯治場へ向かう途中、嘉十は栃と粟の団子を食べ、少し残してうめばちそうの下に「鹿に呉でやべか」と置く。やがて手拭いを忘れたのに気づいて引き返すと、六匹の鹿が団子のまわりを環になって回っている。鹿たちは団子よりも、そばに落ちた嘉十の白い手拭いを気にしている。順番に一匹ずつ近づいて、青白くて縦に皺のある、生き物のようなこの得体の知れないものを嗅ぎ、おそるおそる確かめていく。最後の一匹が思い切ってくわえて戻ると、鹿たちは安心して歌い出し、手拭いをまわって踊る。団子を分けて食べたあと、鹿たちは夕日に向かって一列に立ち、一匹ずつ、はんの木と日とすすきを讃える歌をうたう。物陰からそれを見ていた嘉十は、自分と鹿の違いを忘れ、思わず「ホウ、やれ、やれい」と叫んで飛び出す。鹿たちは驚いて風のように逃げ去り、嘉十は苦笑いしながら、泥のついて穴のあいた手拭いを拾って西へ歩き出す。
登場人物
- 嘉十 北上川の東から移り住んだ百姓。湯治へ向かう途中で鹿の踊りを見る
- 六匹の鹿 栃の団子と手拭いを前に、警戒と好奇心を見せながら、日と風を讃えて踊る
- 語り手(わたくし) 野原で眠り、風の声から物語を聞く
冒頭部(原文より)
そのとき西のぎらぎらのちぢれた雲のあいだから、夕陽は赤くななめに苔の野原に注ぎ、すすきはみんな白い火のようにゆれて光りました。わたくしが疲れてそこに睡りますと、ざあざあ吹いていた風が、だんだん人のことばにきこえ、やがてそれは、いま北上の山の方や、野原に行われていた鹿踊りの、ほんとうの精神を語りました。 そこらがまだまるっきり、丈高い草や黒い林のままだったとき、嘉十はおじいさんたちと北上川の東から移ってきて、小さな畑を開いて、粟や稗をつくっていました。
「鹿踊りのはじまり」宮沢賢治(青空文庫)
末尾部(原文より)
そこで嘉十はちょっとにが笑いをしながら、泥のついて穴のあいた手拭をひろってじぶんもまた西の方へ歩きはじめたのです。 それから、そうそう、苔の野原の夕陽の中で、わたくしはこのはなしをすきとおった秋の風から聞いたのです。
「鹿踊りのはじまり」宮沢賢治(青空文庫)
名文
わたくしが疲れてそこに睡りますと、ざあざあ吹いていた風が、だんだん人のことばにきこえ、やがてそれは、いま北上の山の方や、野原に行われていた鹿踊りの、ほんとうの精神を語りました。
冒頭の一節。夕陽に光るすすきの野原で、風の声が人のことばに変わり、鹿踊りの起こりを語りはじめる。賢治らしい語りの入口。
それから、そうそう、苔の野原の夕陽の中で、わたくしはこのはなしをすきとおった秋の風から聞いたのです。
結びの一文。冒頭の「風から聞いた話」という枠へ静かに戻り、物語全体を秋の風の贈り物として閉じる。
原文を読む
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