処方秘箋(泉鏡花)のあらすじ・登場人物
薬屋の女が下した嫉妬の呪い
- 怪奇
- 幻想
- 文字数
- 6,291字
- 読了目安
- 約13分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 新潟県
この作品について
1901年(明治34年)1月、雑誌『天地人』に発表された怪談。八歳の「私」が、向かいの家のお辻の家に泊まった一夜の出来事を、後年になって語る形をとる。越後の町外れに住む、素性の知れない薬屋の女主人の、薬の匂いと蝋燭の青い光の描写が鮮烈で、幼い子の目から見た恐怖がそのまま伝わる。結末は幼い語り手が見たものを淡々と記すだけで、不思議なことが現実に起きたのかどうかを読者に預ける。
あらすじ
八歳の「私」は、向かいの家のお辻に可愛がられていた。ある五月の夕方、お辻の家へ泊まりに行く途中で、私は怪しげな薬屋の前で転び、薬屋の女主人に「今夜、お辻さんの処へ泊りに行くね」と言い当てられる。夜、お辻の母は遠縁の通夜に出かけ、私とお辻だけになる。お辻は、薬屋の家に最近来た美少年の甥を屋根から覗いていたらしい。夜半、薬の香が一面に漂い、蒼い蝋燭を持った薬屋の女が寝間に現れる。女は「私の男に懸想した」とお辻の髪をつかんで引き起こし、小さな瓶の紅い薬を髪の根に垂らすと、髪はほつりと切れ、お辻は倒れる。私には、夜が明けるまで黙って寝ていろとだけ言い残して去る。翌朝、目を覚ますと昼で、お辻は島田に結った無事な姿で私を抱き起こしていた。しかし後年、お辻は十九で病死し、黒髪を切って弔われたと私は聞いた。
登場人物
- 私 八歳の少年。お辻の家に泊まって怪異を目撃する
- お辻 向かいの家の十八歳の娘。母と二人で暮らす
- 薬屋の女 越後の町外れに住む、素性の知れない女主人
- 美少年 薬屋の女の甥。お辻が屋根から覗き見ていた
冒頭部(原文より)
此の不思議なことのあつたのは五月中旬、私が八歳の時、紙谷町に住んだ向うの平家の、お辻といふ、十八の娘、やもめの母親と二人ぐらし。少しある公債を便りに、人仕事などをしたのであるが、つゞまやかにして、物綺麗に住んで、お辻も身だしなみ好く、髪形を崩さず、容色は町々の評判、以前五百石取の武家、然るべき品もあつた、其家へ泊りに行つた晩の出来事で。家も向ひ合せのことなり、鬼ごツこにも、はじきにも、其家の門口、出窓の前は、何時でも小児の寄合ふ処。次郎だの、源だの、六だの、腕白どもの多い中に、坊ちやん/\と別ものにして可愛がるから、姉はなし、此方からも懐いて、ちよこ/\と入つては、縫物を交返す、物差で刀の真似、馴ツこになつて親んで居たけれども、泊るのは其夜が最初。
「処方秘箋」泉鏡花(青空文庫)
末尾部(原文より)
抱起されると眩いばかりの昼であつた。母親も帰つて居た。抱起したのは昨夜のお辻で、高島田も其まゝ、早や朝の化粧もしたか、水の垂る美しさ。呆気に取られて目も放さないで目詰めて居ると、雪にも紛ふ頸を差つけ、くツきりした髷の根を見せると、白粉の薫、櫛の歯も透通つて、 「島田がお好かい、」と唯あでやかなものであつた。私は家に帰つて後も、疑は今に解けぬ。 お辻は十九で、敢て不思議はなく、煩つて若死をした、其の黒髪を切つたのを、私は見て悚然としたけれども、其は仏教を信ずる国の習慣であるさうな。
「処方秘箋」泉鏡花(青空文庫)
原文を読む
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