少年の悲哀(国木田独歩)のあらすじ・登場人物
十二の夏に触れた世の悲哀
- 心理
- 文字数
- 5,744字
- 読了目安
- 約11分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
国木田独歩が1902年(明治35年)、「小天地」に発表した短編小説。表題は「こどものかなしみ」と読む。瀬戸内の入江に近い叔父の家で少年期を過ごした「僕」が、十二の夏の一夜、下男の徳二郎に連れられて港の青楼を訪ね、朝鮮へ売られてゆく薄幸の若い女と出会う。少年の日にはじめて触れた、この世の深い悲哀を、独歩が詩情ゆたかにうたいあげた抒情的名短編である。
あらすじ
少年の歓喜が詩であるならば、少年の悲哀もまた詩である――そう語り出した一人の男が、みずからの少年の日の悲哀の一つを回想する。「僕」は八つから十五まで、瀬戸内の入江にほど近い叔父の家で、野山を駆けめぐって幸福な少年時代を過ごしていた。十二の時のこと、叔父の家の下男で、色浅黒く元気のよい二十五歳ほどの孤児・徳二郎が、「今夜おもしろい所につれてゆく」と「僕」を誘う。月あかりの夏の夜、徳二郎は小舟に「僕」を乗せ、稲の香高い入江を渡って、港のほとりの青楼へと連れてゆく。そこで待っていたのは、色青ざめた、病人のように力なげな十九か二十の若い女だった。女は近いうちに朝鮮へ連れて行かれる身の上で、幼くして生き別れになった弟に「僕」がよく似ているというので、ひと目会いたいと徳二郎に頼んでいたのだった。女は「僕」を小舟に乗せて沖へ漕ぎ出し、月の光のなか、生き別れの弟のことを語りながら、声を忍んで泣きくずれる。そして「わたしの事を忘れんでいてくださいましナ」とくり返しながら、「僕」を見送るのだった――。それから十七年、「僕」はあの夜の光景を忘れることができない。うすいかすみのように心を包んだ一片の哀情は、年とともに濃くなってゆく。少年の日にはじめて触れた、この世の深い悲哀を、独歩が詩情ゆたかにうたいあげた抒情的名短編である。
登場人物
- 僕 瀬戸内の叔父の家で育った少年。十二の夏、下男の徳二郎に連れられて青楼を訪ね、薄幸の女と出会い、生涯忘れえぬ悲哀を知る
- 徳二郎 叔父の家の下男。色浅黒く元気のよい孤児で、「僕」を女のもとへ連れてゆく
- 流れの女 色青ざめた十九か二十の女。近く朝鮮へ売られてゆく身で、生き別れた弟に似た「僕」にひと目会いたいと願う
冒頭部(原文より)
少年の歓喜が詩であるならば、少年の悲哀もまた詩である。自然の心に宿る歓喜にしてもし歌うべくんば、自然の心にささやく悲哀もまた歌うべきであろう。 ともかく、僕は僕の少年の時の悲哀の一ツを語ってみようと思うのである。(と一人の男が話しだした。) 僕は八つの時から十五の時まで叔父の家で育ったので、そのころ、僕の父母は東京にいられたのである。
「少年の悲哀」国木田独歩(青空文庫)
末尾部(原文より)
その後十七年の今日まで、僕はこの夜の光景をはっきりと覚えていて、忘れようとしても忘るることができないのである。今もなお、哀れな女の顔が目のさきにちらつく。そしてその夜、うすいかすみのように僕の心を包んだ一片の哀情は、年とともに濃くなって、今はただその時の僕の心持ちを思い起こしてさえ堪えがたい、深い、静かな、やる瀬のない悲哀を覚えるのである。 その後徳二郎は僕の叔父の世話で立派な百姓になり、今では二人の子の父親になっている。 流れの女は朝鮮に流れ渡って後、さらにいずこの果てに漂泊してそのはかない生涯を送っているやら、それともすでにこの世を辞して、むしろ静粛なる死の国におもむいたことやら、僕はむろん知らないし、徳二郎も知らんらしい。
「少年の悲哀」国木田独歩(青空文庫)
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