春昼後刻(泉鏡花)のあらすじ・登場人物
歌の言伝を預かる散策子
- 幻想
- 恋愛
- 文字数
- 19,353字
- 読了目安
- 約39分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 神奈川県
この作品について
「春昼」の続篇にあたる中編。1906年(明治39年)12月、雑誌「新小説」に発表された。前篇で住職から客人の話を聞いた散策子が、こんどはその相手である玉脇の妻みをと言葉を交わす。恋しい人に似ていると言われ、行きずりの角兵衛獅子の兄弟に一首の歌をことづけられる。前篇と合わせて一篇をなす、鏡花幻想文学の代表作。
あらすじ
庵を辞した散策子は、菜種畑の土手で写生をする美しい婦人に出会う。それが玉脇の妻・みをであった。あなたは恋しい人に似ていると言う婦人は、門付けに通りかかった角兵衛獅子の兄弟を呼び止め、和泉式部の歌を書いた紙を、誰に宛てるとも言わずにことづける。幼い弟はその紙を獅子頭の中に封じて去っていった。言伝は誰に届くのか、それとも誰にも届かないのか。やがて散策子の目の前の海で、角兵衛獅子の弟が波にさらわれる。死骸はその日のうちには見つからず、翌朝しらじらあけの引潮に、去年の夏、庵室の客が溺れたのと同じ鳴鶴ヶ岬の岩へ上がったとき、そこには二人の姿があった。
登場人物
- 散策子 前篇に続く語り手。玉脇の妻と言葉を交わす
- 玉脇みを 玉脇斉之助の妻。土手で絵を描き、角兵衛獅子に歌をことづける
- 角兵衛獅子の兄弟 門付けをして歩く子供たち。弟が言伝の紙を獅子頭に封じる
- 出家 岩殿寺の住職。前篇で庵室の客人の顛末を語った人
冒頭部(原文より)
この雨は間もなく霽れて、庭も山も青き天鵞絨に蝶花の刺繍ある霞を落した。何んの余波やら、庵にも、座にも、袖にも、菜種の薫が染みたのである。 出家は、さて日が出口から、裏山のその蛇の矢倉を案内しよう、と老実やかに勧めたけれども、この際、観音の御堂の背後へ通り越す心持はしなかったので、挨拶も後日を期して、散策子は、やがて庵を辞した。
「春昼後刻」泉鏡花(青空文庫)
末尾部(原文より)
死骸はその日終日見当らなかったが、翌日しらしらあけの引潮に、去年の夏、庵室の客が溺れたとおなじ鳴鶴ヶ岬の岩に上った時は二人であった。顔が玉のような乳房にくッついて、緋母衣がびっしょり、その雪の腕にからんで、一人は美にして艶であった。玉脇の妻は霊魂の行方が分ったのであろう。 さらば、といって、土手の下で、分れ際に、やや遠ざかって、見返った時――その紫の深張を帯のあたりで横にして、少し打傾いて、黒髪の頭おもげに見送っていた姿を忘れぬ。どんなに潮に乱れたろう。渚の砂は、崩しても、積る、くぼめば、たまる、音もせぬ。ただ美しい骨が出る。貝の色は、日の紅、渚の雪、浪の緑。
「春昼後刻」泉鏡花(青空文庫)
原文を読む
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