蒐集(山川方夫)のあらすじ・登場人物
白い壺を追って南の海へ
- 怪奇
- 冒険
- 文字数
- 6,962字
- 読了目安
- 約14分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
ニューヨークで美術史を講じるジョージ・サンバードは、同僚の書斎でちらりと見た一つの白い壺に取り憑かれる——山川方夫の連作「親しい友人たち」の一編。持ち主は「あんな壺はトロブリアンド諸島に軒なみゴロゴロころげている」と言い残して急死し、壺は棺とともに焼かれた。彼は単身、南太平洋の島へ渡り、その壺をつくった老巫女の小舎にたどりつく。蒐集という情熱の底が抜ける、悪夢のような短編。
あらすじ
サンバードの書斎には、シナの大水甕から古代エジプトの香油入れまで、彼の好みで集められた瓶と壺が所せましと並んでいる。それが彼のたった一つの生甲斐だった。教授たちのパーティの夜、彼は民俗学のボーモン教授の書斎で、鋸歯文の刻まれた高さ一呎ほどの白い壺を見て立ちすくむ。素朴で優雅で、いきいきとした力感にあふれた逸品。だがボーモンは血の気を引かせて扉を閉め、あれはトロブリアンド諸島の土人が使う酒瓶にすぎない、軒なみゴロゴロころげている、と言い張った。「私は絶対にそれは手放さんよ。死んだら棺の中にその壺を入れて行くのだ」——三月後、心臓麻痺で急死したボーモンは、遺言どおり壺とともに荼毘に付された。残されたのは数葉の写真と、その言葉だけである。翌年、サンバードは単身キリウイナ島に上陸する。町にはたしかに同じ形の白い壺が溢れていたが、どれにもボーモンの壺のような溌溂とした気品がない。あれは特定の誰かが心をこめてつくったものに違いない。苦心して土民の言葉をあやつり、二十年前のボーモンの足跡をたどった彼は、ついにイプワイガナという壺作りの老婆の名にたどりつく。かつてキリウイナ一の巫女で、いまは郊外に一人で暮らす女。誰も案内したがらないその小舎へ、彼は単独で向かった。小舎の前には、まさに探し求めていた品位と気力にあふれた白い壺が無造作に置かれていた。「壺だけでいいのかね?」とまるまると肥った童顔の老婆は笑い、椰子酒をすすめてから、自分にも蒐集の道楽があるのだといって戸棚の奥から一本の細い麻紐を出してみせる。
登場人物
- ジョージ・サンバード 美術史の教授。瓶と壺の蒐集家
- ボーモン教授 民俗学者。白い壺の持ち主
- イプワイガナ キリウイナ島の壺作りの老婆。もと巫女
冒頭部(原文より)
ジョージ・サンバードは、ニューヨークのある大学で美術史の講義をしている。専門はギリシャの瓶絵である。といっても、実のところ、彼の関心はギリシャ文明やその幾何学的な雷文や植物文・動物文などにはなく、たんに瓶そのものにあった。 これは、いささか理解されにくい趣味の一つかもしれない。が、もともと趣味とか道楽、好みとか情熱などというものは、多かれ少なかれ、他人には(そして、たぶん本人にも)理解したり説明したりすることのできぬ、神秘で不可思議な個人的な衝動を芯にしているのである。
「蒐集」山川方夫(青空文庫)
末尾部(原文より)
サンバードは、強烈な匂いの薬液にむせながら、全力をふりしぼってわめいた。 「……それもだ。その瓶もいっしょにくれ」 老婆は、白くまるい目をむいて彼をのぞきこんだ。 「これもかい?」 「そうだ。……あなたのほしいものはあげる。でも、大きな壺といっしょに、ぜひその小さな瓶も私にくれ。……すばらしい、すばらしい傑作だ、それは。……」 網膜に不透明な藻のようなものがゆらめきだし、意識が消えかかった。だが、サンバードはけんめいに目を見ひらき、急激に暗くぼやけてゆく視野の幕の彼方で、丸顔の老婆が大きくうなずくのを見た。よろこびが、彼の胸を充たした。 そして、彼は目をつぶった。
「蒐集」山川方夫(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。