そめちがへ(森鴎外)のあらすじ・登場人物
待合の二階で行き違う男女の思い
- 恋愛
- 文字数
- 6,486字
- 読了目安
- 約13分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
待合の二階を舞台に、芸者の兼吉、その馴染みの親方、そして小花という娘のあいだで行き違ってゆく思いを描いた森鴎外の小品。地の文と会話が切れ目なく続く独特の文体で、江戸の名残をとどめる花柳界の機微が、ひと息に語られる。「そめちがへ」——染め違え、すなわちすれ違いの物語である。
あらすじ
五月雨のやまない昼下がり、代地に名うての待合・朝倉から、芸者の兼吉が帰ろうとしていた。顔色が悪く、眉を蹙めている。そこへ四十近い恰幅のよい男が入ってきて、そんな顔色で帰ることもあるまい、付き合って飲み直せと、遠慮なく二階へ誘う。差し向かいで聞けば、兼吉のふさぐのも無理はなかった。昨夕、馴染みの親方を呼びにやったところ、つまらぬ行きがかりのもつれから言い合いになり、「帰るならお帰り」と強がって突き放してしまった。ところがその親方を、一座では口もろくにきかないあの喰わせもののお徳めが、途中で待ち受けて連れて行ったという。それを今朝知った悔しさ——未練ではない、ただ業が煮えてならない、と兼吉は言う。話は酒とともにほぐれ、やがて別の娘・小花のことへと移ってゆく。清二郎という男をめぐって、兼吉と小花の思いは行き違い、それぞれの思惑が絡み合っていた。だが兼吉は、心から罪に堕すまいと思ってではないにしても、結果として人を救う側にまわる。その手紙を身に添えて離さなかった小花は、やがて清二郎に嫁ぎ、木綿問屋の三谷が媒酌をつとめた。兼吉のほうは今日も河岸を変えての浮気勤め。荻江のお幾が老いのすさびに聯ねた一節を、いまも兼吉は歌っている——「雨の日を二度の迎に唯だ往き返り」。
登場人物
- 兼吉 代地の芸者
- 親方 兼吉の馴染み
- 小花 清二郎に思いを寄せる娘
- 三谷 木綿問屋の主人
冒頭部(原文より)
時節は五月雨のまだ思切悪く昨夕より小止なく降りて、子の下に四足踏伸ばしたる猫懶くして起たんともせず、夜更て酔はされし酒に、明近くからぐつすり眠り、朝飯と午餉とを一つに片付けたる兼吉が、浴衣脱捨てて引つ掛くる衣は紺にあめ入の明石、唐繻子の丸帯うるささうに締め畢り、何処かけんのある顔の眉蹙めて
「そめちがへ」森鴎外(青空文庫)
末尾部(原文より)
兼吉はまたけふが日まで、河岸を変へての浮気勤、寝て見ぬ男は誰様の外なしと、書かば大不敬にも坐せられるべきこといひて、馴染ならぬ客には胆潰させることあれど、芸者といふはかうしたものと贔屓する人に望まれて、今も歌ふは当初露友が未亡人なる荻江のお幾が、かの朝倉での行違を、老のすさびに聯ねた一節、三下り、雨の日を二度の迎に唯だ往き返り那加屋好の濡浴衣慥か模様は染違。
「そめちがへ」森鴎外(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。