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椙原品(森鴎外)のあらすじ・登場人物

高尾の子孫と伝わる女の素性

  • 歴史

森鴎外 1916年(大正5年)1月 「東京日日新聞・大阪毎日新聞」

文字数
7,688字
読了目安
約15分
表記
新字旧仮名
種別
小説
舞台
  • 宮城県
  • 東京都

この作品について

1916年1月に『東京日日新聞』『大阪毎日新聞』に載った史伝。仙台に吉原の高尾太夫の子孫がいるという雑誌記事の誤りを正すところから始まり、伊達綱宗の側室であった椙原品の素性と生涯をたどる。作者は初め、品川に蟄居した綱宗と品を主人公に物語を書こうと構想したが断念したと明かす。仙台騒動の背景や置毒事件など伊達家の内情にも筆が及び、史料の考証と物語の間にある鷗外の史伝らしい作品。

あらすじ

作者は大礼に参列するため京都へ発つ前に、雑誌で、仙台に高尾太夫の子孫がいるという話を見る。これはすでに大槻文彦が誤りと論証した伝説で、元は文子の『奥州話』に拠る。作者は、伊達綱宗が万治三年に吉原に通ったのは三浦屋の高尾ではなく京町の山本屋の薫らしく、そもそも当時の三浦屋に高尾という女はいなかったと述べる。仙台の仏眼寺に墓がある女は、綱宗の側室の品で、椙原氏の出である。品は赤松氏に連なる浪人の娘で、父の死後、麻布の寺に引き取られ、万治二年に綱宗の浜屋敷に仕え、綱宗が不行跡のかどで隠居を命じられ品川に移ると、一身を捧げて付き従った。綱宗が七十二歳で没するまで忠実に仕え、尼となって仙台で七十八歳で没した。作者はさらに、正室格の初子、幼い亀千代への二度の置毒事件、仙台騒動を、外へ動けないまま傍観するほかなかった綱宗の境涯として語り、一度は物語に書こうとしながら、創造力の不足と歴史を尊重する習慣のために断念したと記す。

登場人物

冒頭部(原文より)

私が大礼に参列するために京都へ立たうとしてゐる時であつた。私の加盟してゐる某社の雑誌が来たので、忙しい中にざつと目を通した。すると仙台に高尾の後裔がゐると云ふ話が出てゐるのを見た。

「椙原品」森鴎外(青空文庫)

末尾部(原文より)

私は去年五月五日に、仙台新寺小路孝勝寺にある初子の墓に詣でた。世間の人の浅岡の墓と云つて参るのがそれである。古色のある玉垣の中に、新しい花崗石の柱を立てゝ、それに三沢初子之墓と題してある。それを見ると、近く亡くなつた女学生の墓ではないかと云ふやうな感じがする。あれは脇へ寄せて建てゝ欲しかつた。仏眼寺の品が墓へは、私は往かなかつた。

「椙原品」森鴎外(青空文庫)

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