鮨(岡本かの子)のあらすじ・登場人物
一貫の鮨がよびさます記憶
- 心理
- 文字数
- 13,272字
- 読了目安
- 約27分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
岡本かの子が1939年(昭和14年)、「文芸」に発表した短編小説。坂の多い街の一角にある鮨屋「福ずし」と、そこに通う中年の紳士・湊、そして鮨屋の娘ともよをめぐる物語。食べ物への奇妙な潔癖から、ものを食べることに喜びを見いだせずにいた湊が、幼い日、神経質な母がわが身のために握ってくれた一貫の握り鮨に、生きることの官能と歓びを見いだした――その甘美な記憶が、ゆっくりとたどられる。食と生への官能を、かの子が濃密な筆でつづった代表的短編である。
あらすじ
東京の下町と山の手の境の、坂や崖の多い街の一角に、「福ずし」という鮨屋がある。その店の娘ともよは、常連客のなかでも、いつも一人静かに鮨をつまむ品のよい中年紳士・湊に、ほのかな親しみを寄せていた。あるとき湊は、ともよに問われるまま、自らの幼い日の思い出を語り出す。神経質で潔癖な子供だった湊は、どんな食べ物にも生ぐささや不潔を感じてしまい、ものを食べることに喜びを持てずにいた。案じた母が、ある日、台所で自ら手を洗い清め、彼のために白い飯を握り、美しい鮨をこしらえて見せてくれる。玉子、白身の魚――母の手から生まれる清潔で美しい一貫一貫を、湊は生まれて初めて、おそるおそる、そして夢中で口に運んだ。その一口が、彼にとって、食べること、生きることの官能と歓びに目覚めた瞬間だった。以来、湊にとって鮨は特別な食べ物でありつづけたのだ――。やがて湊は、ふっつりと店に姿を見せなくなる。ともよは、「先生は、また何処かの鮨屋へ行ってらっしゃるのだろう」と、漠然と思うばかりになる。食と母、そして生への官能を、かの子が濃密な官能美とともに描いた代表的短編である。
登場人物
- 湊 福ずしに通う品のよい中年紳士。食への潔癖から食べる喜びを持てずにいたが、幼い日、母の握った鮨に生の官能を見いだした
- ともよ 鮨屋「福ずし」の娘。常連の湊にほのかな親しみを寄せ、その幼時の思い出を聞く
- 湊の母 神経質で潔癖な湊のために、自ら手を洗い清めて美しい鮨を握り、食べる喜びへと導いた
冒頭部(原文より)
東京の下町と山の手の境い目といったような、ひどく坂や崖の多い街がある。 表通りの繁華から折れ曲って来たものには、別天地の感じを与える。 つまり表通りや新道路の繁華な刺戟に疲れた人々が、時々、刺戟を外ずして気分を転換する為めに紛れ込むようなちょっとした街筋――
「鮨」岡本かの子(青空文庫)
末尾部(原文より)
此頃では、ともよは湊を思い出す度に 「先生は、何処かへ越して、また何処かの鮨屋へ行ってらっしゃるのだろう――鮨屋は何処にでもあるんだもの――」 と漠然と考えるに過ぎなくなった。
「鮨」岡本かの子(青空文庫)
原文を読む
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