太十と其犬(長塚節)のあらすじ・登場人物
北のおっつあんの来歴
- 心理
- 文字数
- 15,586字
- 読了目安
- 約31分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
長塚節の短編。冒頭の一文で、六十を越えた農夫・太十が亡くなったと告げられ、村の北端に住むため「北のおっつあん」と呼ばれていた彼の来歴を、さかのぼって語っていく。「おっつあん」の呼び名に込められた敬意と嘲りの混じった響きや、幼い日の疱瘡のこと、竹藪に囲まれた家のたたずまいなど、人物と村の空気を具体的な細部で描く。節はこの作を含め、実際に見聞きしたことを丹念に書き写す写生文の書き手として知られる。
あらすじ
「太十は死んだ」という一文から物語は始まる。疱瘡の痕で醜い顔となり鼻もつまった太十は、村では「北のおっつあん」と呼ばれ、二人とない不男として同輩から遠ざけられてきた。若い頃はどんな女にも相手にされず、ただ黙々と働くばかりだった彼が、晩年に唯一心を通わせたのは、秋祭りにやって来る瞽女(ごぜ)のお石と、そして一匹の犬であった。お石が村に姿を見せなくなってからは、太十はいっそう犬に情をかけて暮らす。畑の番小屋で日々を過ごすうち、猛烈な夕立と雷鳴が村を襲い――。孤独な一剋者(いっこくもの)の生と死を、鬼怒川べりの自然の猛威とともに、いっさいの感傷を排した筆で描ききった一編である。
冒頭部(原文より)
太十は死んだ。 彼は「北のおっつあん」といわれて居た。それは彼の家が村の北端にあるからである。門口が割合に長くて両方から竹藪が掩いかぶって居る。竹藪は乱伐の為めに大分荒廃して居るが、それでも庭からそこらを陰鬱にして居る。おっつあんというのはおじさんでもなく又おとっつあんでもない。其処には敬称と嘲侮との意味を含んで居る。いつが起りということもなくもう久しい以前からそうなって畢った。彼は六十を越しても三四十代のもの、特に二十代のものとのみ交って居た。彼の年輩のものは却て彼の相手ではない。彼は村には二人とない不男である。
「太十と其犬」長塚節(青空文庫)
末尾部(原文より)
家族のものが駈けつけて夕日の光に灰を掻き分けた時、仰向になった儘爛れた太十の姿を発見した。有繋に雷鳴を恐れたと見えて両手は耳を掩うて居た。屋根の裏に白い牙をむいた鎌が或は電気を誘うたのであったろうか、小屋は雷火に焼けたのである。小屋に火の附いた時はもう太十は何等の苦痛もなく死んで居た筈である。たった一人野らに居た一剋者の太十はこうして僅かの間に彼の精神力は消耗した。更に大自然の威力は気象の激変を駆って眇たる彼の恐怖心に強烈な圧迫を加えた。同時に其単純な生涯から葬り去った。犬の毛皮を貼った板は俯向に倒れて居た。そうして板の裏が僅かに焦げて居た。
「太十と其犬」長塚節(青空文庫)
原文を読む
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