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他人の夏(山川方夫)のあらすじ・登場人物

他人たちの夏がすぎる

  • 青春
  • 心理

山川方夫 1963年(昭和38年)8月 「中学時代」

文字数
3,115字
読了目安
約6分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

海岸のその町は、夏になると急に他人の町になってしまう——山川方夫が中学生向けの雑誌に書いた短編。避暑客に占領された海で、深夜ひとり泳ぎに出た慎一は、沖で死のうとしている若い女に出会う。死のうとしている人間を軽蔑してはいけない、とめてはいけない——去年みずから海に消えた漁師の父の言葉を、彼はそのまま女に告げる。夏の光と夜光虫の緑が澄んだ余韻を残す一編。

あらすじ

都会から日帰りできる距離のせいか、夏になるとこの海岸の町は避暑客に占領され、人口は倍近くにふくれあがる。だがその町で生まれ育った慎一には、そのすべてがひとごとでしかなかった。来年の工業高校進学のため、彼はガソリン・スタンドでアルバイトをしている。……八月はじめのひどく暑い日、自動車の水洗いが午前一時すぎまでかかった夜、彼は久しぶりに海で泳いだ。人目をさけてこっそり泳ぐのは、まるでよその家の庭にしのびこんでいるようだった。黒い海には夜光虫が淡い緑の光を呼吸し、知らぬまにかなり沖まで来ていた慎一は、すぐ近くでなにかが動いているのに気づく。「……だあれ? あなた」。若い女がひとり、深夜の海を泳いでいた。ひどく疲れ、喘いでいる声。それは昼間、真赤なスポーツ・カーで来た、呼吸をのむほど美しい女だった。「かまわないで」「……あなたは、自殺するつもりですか?」。ほっといてよ、あなたには関係ないことだわ、と女は反抗的に答える。「べつに、やめなさい、っていうつもりじゃないんですよ」。慎一は父の言葉を伝える。どんな人間にも、その人なりの苦労や正義や生き甲斐がある。それは他の人間には絶対にわかりっこない。だから目の前で人間が死のうとしても、とめてはいけない。好きなように死なせてやるほうがずっと親切だし、ずっと勇気のいることなんだ——。背骨を打って漁ができなくなり、銛をからだに結えつけてこの沖にとびこんだ父の話をして、彼は岸へ引き返した。翌日の夕暮れ近く、真赤なスポーツ・カーがガソリン・スタンドに止まる。

登場人物

冒頭部(原文より)

 海岸のその町は、夏になると、急に他人の町になってしまう。――都会から、らくに日帰りができるという距離のせいか、避暑客たちが山のように押し寄せてくるのだ。夏のあいだじゅう、町は人口も倍近くにふくれあがり、海水浴の客たちがすっかり町を占領して、夜も昼も、うきうきとそうぞうしい。

「他人の夏」山川方夫(青空文庫)

末尾部(原文より)

 国道を真赤なスポーツ・カーが小さくなるのを、慎一はぼんやりと見ていた。女の言葉の意味が、よくわからなかった。  彼はただ、小さなその町に今日も溢れている無数の都会の人びと、その人びとがそれぞれに生きている夏の一つ、そんな他人の夏の一つが、しだいに視野を遠ざかるのだけを見ていた。

「他人の夏」山川方夫(青空文庫)

原文を読む

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