露萩(泉鏡花)のあらすじ・登場人物
怪談会の夜に起きた祟り
- 怪奇
- 文字数
- 15,712字
- 読了目安
- 約31分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1924年(大正13年)10月号の『女性』に発表された怪談小説。ちくま文庫『鏡花百物語集』に収められる。百物語形式の怪談会の夜、離れ座敷に仕掛けを作った幹事と招かれた画家の槙は、怪異の気配に巻き込まれていく。粗暴な大坊主、塔婆、お歯黒、烏賊など、小道具の配置が不気味さを高める。関東大震災後の世相も背景にある。
あらすじ
真夏の夜、郊外の料亭で怪談会が開かれる。幹事の白尾は、遅れて着いた画家の槙真三を離れの茶座敷へ案内する。そこには幽霊の掛軸、お歯黒の道具、女の塔婆を枕にした蚊帳が趣向として用意されている。槙は、震災後に恩師の墓を直した際、折れた塔婆を寺に預けたいきさつを思い出す。駅から連れ立った浅草の大坊主・伝沢は棍棒を振りまわし、座に乱入しては幹事を困らせる。広間では怪談が語られ、槙は暗がりで声をかけてくる美しい女に戸惑う。しばらくして槙は、坊主が離れの塔婆を侮るのではないかと駆け戻る。深夜、離れの蚊帳に入り込んだ坊主は塔婆を抱いて寝ると言い、槙の制止を聞かず棍棒で打つ。槙は塔婆をかばって上半身をあらわにし、鏡に映る自分の肌が女のように白いのを見ながら打たれ、短刀に手をかける。結果、槙は腕の骨を折り、坊主は指を落とした。翌朝、池のほとりには白斑の犬が倒れ、お歯黒蜻蛉の群れが取り巻いていた。塔婆の主はこの大池に投身した女だった。
登場人物
- 槙真三 洋画家。恩師の墓の塔婆にまつわる縁がある
- 白尾 怪談会の幹事。世情に通じた人物
- 伝沢 浅草の棍元教の先達を名乗る大坊主
- 塔婆の女 釈玉香信女と記された塔婆の主
冒頭部(原文より)
「これは槙さん入らっしゃい。」 「今晩は――大した景気ですね。」 「お化に景気も妙ですが、おもいのほか人が集りましたよ。」
「露萩」泉鏡花(青空文庫)
末尾部(原文より)
筆者は……実は、この時の会の発起人の一人であった。敢て言を構うるのではないが、塔婆の閨の議には与らない。 槙君は腕の骨を損じた。棍元教の先達は木棍を握った手の指を落した。真三は殺すまでもないが、片手は斬落そうと思ったそうである。 二人は、まだ病院に居る。 怪我はこれだけでは済まなかった。芳町辺の一むれが、幹事まじりに八九人、ここの大池の公園をめぐって、しらしらあけに帰ったのが、池の彼方に、霧の空なる龍宮の如き御堂の棟を静な朝波の上に見つつ行くと、水を隔てた此方の汀に少し下る処に、一疋倒れた獣があった。蘆の穂が幽に、おなじように細い残月に野末に靡く。あたりの地は塵も留めず、掃き清めたような処に、その獣は死んでいた。 近づくと白斑の犬である。だらりと垂れた舌から、黒い血、いや、黒蛇を吐いたと思って、声を立てたが、それは顋のまわりをかけて、まっすぐに小草に並んで、羽を休めたおはぐろ蜻蛉の群であった。 こればかりでない。その池のまわりをしばらくして、橋を渡る、水門の、半ば沈んだ、横木の長いのに、流れかかる水の底が透くように、ああ、また黒蛇の大なのが、ずるりと一条。色をかえて、人あしの橋に乱るるとともに、低く包んだ朝霧を浮いて、ひらひらと散ったのは、黒い羽にふわふわと皆その霧を被った幾十百ともない、おびただしい、おなじかねつけ蜻蛉であった。 触ったもの。ただ見ただけでさえ女たちは、どッと煩らった。 塔婆は幹事、発起人のうちで、槙君から、所をきいて、良圓寺と云うので心ばかりの供養をした。縁類は皆遠く他国した。あわれ、塔婆のぬしは、仔細あって、この大池に投身したのだそうである。 ――場所は、たいがい、井の頭のような処だと思っていただけば可い。
「露萩」泉鏡花(青空文庫)
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