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ビジテリアン大祭(宮沢賢治)のあらすじ・登場人物

菜食をめぐる世界中との大論戦

  • 幻想
  • 社会

宮沢賢治 1934年(昭和9年)

文字数
32,071字
読了目安
約1時間4分
表記
新字新仮名

この作品について

ニューファウンドランド島の山村で開かれた菜食主義者の大祭に、日本代表として出席した「私」の報告——という体裁で、宮沢賢治が菜食をめぐるあらゆる論争を一気に展開してみせた異色作。栄養学、経済学、宗教、進化論から反論が次々に繰り出され、それに答えてゆく討論そのものが読みどころである。

あらすじ

「私は昨年九月四日、ニュウファウンドランド島の小さな山村、ヒルテイで行われた、ビジテリアン大祭に、日本の信者一同を代表して列席して参りました」——そう報告は始まる。ビジテリアン(菜食信者)には、あらゆる動物は生命を惜しむこと我々と変わらないとする「同情派」と、病気予防のために動物質を避ける「予防派」があると説明されたのち、大祭の会場へと話は移る。世界各地から集まった信者たちが讃美歌をうたい、演説が始まる。ところがそこへ、招かれた「異教徒」たちが次々に立ち上がり、菜食主義への反論を突きつけてくるのだ。植物にも生命があるではないか。栄養学的に肉食は必要だ。牧畜が滅びれば経済はどうなる。弱肉強食は自然の法則だ。動物は殺されるために生まれてきたのだ——次から次へと繰り出される論難に、信者たちは一つ一つ丁寧に答えてゆく。この応酬こそが本作の中心であり、賢治自身の思索がそのまま並べられている。やがて論戦が最高潮に達したとき、猛烈に反対していた人物が壇上で正体を明かす。彼はニュウヨウク座の俳優ヒルガードで、祭を賑やかにするため祭司次長に頼まれて一芝居打っていたのだった。哄笑と歓呼と拍手が祭場を破らんばかりに響く。だが「私」はあまりのあっけなさにぼんやりしてしまい、愉快なビジテリアン大祭の幻想は、そこで壊れてしまった。

登場人物

冒頭部(原文より)

 私は昨年九月四日、ニュウファウンドランド島の小さな山村、ヒルテイで行われた、ビジテリアン大祭に、日本の信者一同を代表して列席して参りました。  全体、私たちビジテリアンというのは、ご存知の方も多いでしょうが、実は動物質のものを食べないという考のものの団結でありまして、日本では菜食主義者と訳しますが主義者というよりは、も少し意味の強いことが多いのであります。

「ビジテリアン大祭」宮沢賢治(青空文庫)

末尾部(原文より)

「やられたな、すっかりやられた。」陳氏は笑いころげ哄笑歓呼拍手は祭場も破れるばかりでした。けれども私はあんまりこのあっけなさにぼんやりしてしまいました。あんまりぼんやりしましたので愉快なビジテリアン大祭の幻想はもうこわれました。どうかあとの所はみなさんで活動写真のおしまいのありふれた舞踏か何かを使ってご勝手にご完成をねがうしだいであります。

「ビジテリアン大祭」宮沢賢治(青空文庫)

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