われから(樋口一葉)のあらすじ・登場人物
寄る辺なき妻の不安
- 心理
- 文字数
- 22,348字
- 読了目安
- 約45分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
樋口一葉が1896年(明治29)5月に『文藝倶楽部』へ発表した小説。金貸しの父と、富を求めた母を持つ妻・町子が、夫との暮らしの中で抱える不安を描く。一葉の最晩年に書かれた作品のひとつで、受け継いだ境遇と、女性の寄る辺なさが主題になっている。
あらすじ
玉村恭助の妻・町子は、亡父の遺した財産の上に何不自由なく暮らしながら、政界に頭角を現し夜ごと家を空ける良人への物思いに、霜夜も眠れぬ身である。町子の父・与四郎は「赤鬼」と恐れられた金貸しであったが、若き日は薄給の役人として、美しい妻・美尾と貧しくも睦まじく暮らしていた。花見の日に華族の栄華を垣間見た美尾は富に心を奪われ、やがて幼い町子と与四郎を捨てて出奔する。裏切られた与四郎は人が変わって蓄財に走り、母似の町子を疎んじたまま世を去った。母の面影を宿す町子は、寄る辺なさから良人を頼みとするが、恭助が世に出て器量を増すほどに、変わらぬ我が身がいつか厭われはせぬかと怯える。折しも町子が、実直な書生・千葉に着物を与えるなどの何気ない情けをかけたことが、恨みを含む女中・福の口から醜聞に仕立てられ、良人の耳に達する。恭助自身は飯田町に十余年来の妾と我が子まで持ちながら、世間の攻撃と体面をおもんぱかり、町子に一片の弁明も許さず谷中への別居を言い渡す。何の罪かと問い、袖にすがって泣く町子を、恭助は振り切り、後をも見ずに言い放つ――「町、もう逢はぬぞ」。
登場人物
- 町子(お町) 玉村恭助の妻。金貸しの父と出奔した母をもち、寄る辺なさから良人を頼むが、見捨てられ不安に苛まれ、無実の醜聞のすえ放逐される
- 玉村恭助 町子の良人。政界に頭角を現す一方、飯田町に妾と子を持ちながら、体面のため町子を一方的に離縁する
- 千葉 田舎出の実直な書生。町子の何気ない情けが、女中の讒言で醜聞に仕立てられる
- 与四郎 町子の父。妻に裏切られて以来「赤鬼」と恐れられる金貸しとなり、母似の町子を疎んじた
- 美尾 町子の母。富に憧れて幼い町子と与四郎を捨てて出奔した
冒頭部(原文より)
霜夜ふけたる枕もとに吹くと無き風つま戸の隙より入りて障子の紙のかさこそと音するも哀れに淋しき旦那樣の御留守、寢間の時計の十二を打つまで奧方はいかにするとも睡る事の無くて幾そ度の寢がへり少しは肝の氣味にもなれば、入らぬ浮世のさま/″\より、旦那樣が去歳の今頃は紅葉舘にひたと通ひつめて。
「われから」樋口一葉(青空文庫)
末尾部(原文より)
はや立て、とあるに、夫れは餘りのお言葉、我に惡き事あらば何とて小言は言ひ給はぬ、出しぬけの仰せは聞ませぬとて泣くを、恭助振向いて見んともせず、理由あればこそ、人並ならぬ事ともなせ、一々の罪状いひ立んは憂かるべし、車の用意もなしてあり、唯のり移るばかりと言ひて、つと立ちて部やの外へ出給ふを、追ひすがりて袖をとれば、放さぬか不埒者と振切るを、お前樣どうでも左樣なさるので御座んするか、私を浮世の捨て物になさりまするお氣か、私は一人もの、世には助くる人も無し、此小さき身すて給ふに仔細はあるまじ、美事すてゝ此家を君の物にし給ふお氣か、取りて見給へ、我れをば捨てゝ御覽ぜよ、一念が御座りまするとて、はたと白睨むを、突のけてあとをも見ず、町、もう逢はぬぞ。
「われから」樋口一葉(青空文庫)
原文を読む
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