屋根裏の散歩者(江戸川乱歩)のあらすじ・登場人物
下宿の天井にひらく別世界
- ミステリ
- 文字数
- 28,737字
- 読了目安
- 約57分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
1925年8月増刊の「新青年」に発表された江戸川乱歩の小説。仕事も遊びも長続きせず、東京の下宿を転々とする郷田三郎は、素人探偵・明智小五郎との交際を通じて、犯罪の話にだけ新しい刺激を見いだす。移り住んだ新築の東栄館で、彼は押入れから屋根裏へ出られることに気づく。部屋ごとに仕切られた暮らしも、天井の上では一続きになっている。梁を伝い、他人の生活を真上から眺めることで、見慣れた人や家具まで異様な姿を帯び始める。読者は事件の謎だけを追うのではなく、三郎の退屈が好奇心へ、そして危うい愉しみへと変わる過程に付き合わされる。建物の構造や視線の角度を詳しく描き、ごく日常的な下宿に別世界を出現させるところが読みどころ。ひそかに見る側の興奮を細かく語る文章が、その行為への不気味さも強めている。乱歩初期の犯罪心理と空間の想像力を味わえる作品。
あらすじ
どんな遊びも職業も長続きせず、この世が退屈でならない郷田三郎は、新築の下宿・東栄館に移り、犯罪の真似事だけがかろうじて心を慰める日々を送っていた。ある夜、押入の天井板が外れることに気づいた三郎は、梁の上を這い回り、節穴から下宿人たちの秘密の生活を覗き見る「屋根裏の散歩」に、生き甲斐に近い興奮を覚える。やがて、日頃から虫が好かない歯科医助手・遠藤の部屋の節穴が、大きないびきをかいて眠る彼の口の真上に位置することに気づいた三郎は、かねて自殺の空想のために手に入れていたモルヒネを節穴から滴らせて毒殺する完全犯罪を実行する。遠藤の死は自殺として処理されかけるが、三郎の知人である素人探偵・明智小五郎が下宿に現れる。明智は三郎と犯罪談義を交わしながら、さりげなく罠を張りめぐらせ、屋根裏に残った証拠だと偽った釦を見せる芝居で三郎を追い詰める。観念した三郎は、死刑にされる時の気持ちとはどんなものだろうと、ぼんやり考え込むのだった。
登場人物
- 郷田三郎 人生に倦み、屋根裏の散歩と完全犯罪に手を染める遊民
- 明智小五郎 三郎の犯罪を心理の罠で見破る素人探偵
- 遠藤 三郎に毒殺される歯科医助手の下宿人
冒頭部(原文より)
多分それは一種の精神病ででもあったのでしょう。郷田三郎は、どんな遊びも、どんな職業も、何をやって見ても、一向この世が面白くないのでした。
「屋根裏の散歩者」江戸川乱歩(青空文庫)
末尾部(原文より)
三郎は、この明智のトリックに対しても、最早何の感情も起らないのでした。彼は明智の立去るのも知らず顔に、「死刑にされる時の気持は、一体どんなものだろう」ただそんなことを、ボンヤリと考え込んでいるのでした。 彼は毒薬の瓶を節穴から落した時、それがどこへ落ちたのかを見なかった様に思っていましたけれど、その実は、巻煙草に毒薬のこぼれたことまで、ちゃんと見ていたのです。そして、それが意識下に押籠められて、精神的に彼を煙草嫌いにさせて了ったのでした。
「屋根裏の散歩者」江戸川乱歩(青空文庫)
名文
多分それは一種の精神病ででもあったのでしょう。郷田三郎は、どんな遊びも、どんな職業も、何をやって見ても、一向この世が面白くないのでした。
物語の書き出し。何をしても世の中が面白くない郷田三郎の退屈は、やがて屋根裏の散歩と完全犯罪へと向かう。乱歩が好んで描いた、倦怠から生まれる異常心理の典型。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。