夜叉ヶ池(泉鏡花)のあらすじ・登場人物
鐘を撞き続ける夫婦と竜神
- 幻想
- 怪奇
- 文字数
- 28,127字
- 読了目安
- 約56分
- 表記
- 新字新仮名
- 舞台
- 福井県
この作品について
1913年(大正2年)3月、『演芸倶楽部』に発表された泉鏡花の戯曲。越前の山里に伝わる竜神と鐘の約束を題材に、人間の暮らしと異界とが隣り合う舞台を作り上げた。盛夏の琴弾谷で鐘楼を守る萩原晃と百合のもとへ、旅の文学士・山沢学円がやってくる。日に三度撞く鐘の由来を聞くにつれ、土地の言い伝えが、目の前の生活を支える切実な決まりとして浮かんでくる。人間たちの会話に加え、池の主・白雪姫と、鯉や蟹などの姿を持つ眷属たちも登場する。音の響きや水、草木の色を細かく指定するト書きは、台詞とともに舞台の空気を伝える文章でもある。日照りに苦しむ村の現実と、異形の者たちの賑やかな世界を行き来する構成に特色があり、約束を守ること、人を思うこと、集団の都合をめぐる問いが、その対照から立ち上がる。
あらすじ
越前の山里・琴弾谷で鐘楼守を務める萩原晃は、妻・百合と静かに暮らしていた。この鐘は、夜叉ヶ池に棲む竜神・白雪姫が人間との約束を違えて村を水に沈めぬよう、日に三度撞き続けねばならぬ因縁の鐘だった。折からの旱魃に村人は雨乞いのため、いけにえとして百合を池に沈めようとする。晃は旧友の学円とともに百合を守ろうとするが、追いつめられた百合は自ら胸を切る。晃は鐘を撞かぬと決めて撞木を切り落とし、やがて自ら喉を切る。竜神の眷属たちは村人を殺し、池の水があふれる。水中の鐘のそばで晃と百合がほほえみ合い、学円は鐘楼から二人に合掌する。
登場人物
- 萩原晃 鹿見村の鐘楼守。妻の百合を守るため、いけにえを求める村人たちに立ち向かう
- 百合 晃の妻。日照りの村でいけにえに選ばれ、竜神の怒りを解く発端となる
- 白雪姫 夜叉ヶ池に棲む竜神。人間との約束を守り鐘の音を待ち続けていたが、ついに堪えかねて封印を解く
- 山沢学円 萩原晃の親友の文学士。行方を絶った晃を尋ねて村を訪れ、物語の語り手的な立場で鐘楼守夫婦を見守る
冒頭部(原文より)
場所 越前国大野郡鹿見村琴弾谷 時 現代。――盛夏 三国岳の麓の里に、暮六つの鐘きこゆ。――幕を開く。萩原晃この時白髪のつくり、鐘楼の上に立ちて夕陽を望みつつあり。鐘楼は柱に蔦からまり、高き石段に苔蒸し、棟には草生ゆ。晃やがて徐に段を下りて、清水に米を磨ぐお百合の背後に行く。 晃 水は、美しい。いつ見ても……美しいな。 百合 ええ。
「夜叉ヶ池」泉鏡花(青空文庫)
末尾部(原文より)
白雪 この新しい鐘ヶ淵は、御夫婦の住居にしょう。皆おいで。私は剣ヶ峰へ行くよ。……もうゆきかよいは思いのまま。お百合さん、お百合さん、一所に唄をうたいましょうね。 たちまちまた暗し。既にして巨鐘水にあり。晃、お百合と二人、晃は、竜頭に頬杖つき、お百合は下に、水に裳をひいて、うしろに反らして手を支き、打仰いで、熟と顔を見合せ莞爾と笑む。 時に月の光煌々たり。 学円、高く一人鐘楼に佇み、水に臨んで、一揖し、合掌す。 月いよいよ明なり。 (――幕)
「夜叉ヶ池」泉鏡花(青空文庫)
名文
水は、美しい。いつ見ても……美しいな。
泉鏡花『夜叉ヶ池』の幕開き、鐘楼守の晃が米を磨ぐ百合に語りかける第一声。山里の清らかな水が、のちの物語を予感させる。
我が性は自由を想う。自在を欲する。気ままを望む。ともすれば、誓を忘れて、狭き池の水をして北陸七道に漲らそうとする。
晃が語る夜叉ヶ池の竜神の言い伝え。自由を欲する竜神を鐘の約束で封じているという、物語の根幹となる掟が示される。
原文を読む
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