幼年時代(堀辰雄)のあらすじ・登場人物
無花果の木陰に残る下町の記憶
- 家族
- 文字数
- 37,085字
- 読了目安
- 約1時間14分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
堀辰雄が1938年(昭和13)9月から翌年4月にかけて、雑誌「むらさき」に断続的に連載した自伝的な回想の作品。1942年に青磁社から単行本として刊行された。冒頭で作者は、何度も思い出すうちに現在の気もちと綯い交ぜになった記憶を中心に書き、そこに自分の人生の本質を見出したいと述べる。向島の土手下や曳舟通りに近い路地の家で、彫金師の父、母、祖母に囲まれて育った「私」の幼い日々を、「無花果のある家」「赤ままの花」「洪水」「幼稚園」など題を付けた章に分けてたどる。プルーストに学んだ記憶の扱い方がうかがえ、関東大震災で亡くした母への思いが全体ににじむ。花火や迷子札、近所の少女たちとのままごとといった小さな出来事が、大人になった語り手の考察と重ねて描かれる。
あらすじ
「私」は四つか五つまで父を知らず、向島の土手下の小さな家で母と祖母に育てられた。やがて父が現れ、一家は曳舟通りに近い路地の奥の家に移る。父は彫金師で、細工場で弟子と人形の原型などを彫っていた。私は夜中に父母のいさかいを聞いて庭の灌木に隠れ、祖母に見つけてもらう内気な子だった。父が彫ってくれた竜の迷子札を下げて、一人で小梅のおばの家まで行ったこともある。近所には勝気なお竜ちゃんがいて、生籬の前で女の子たちと遊んでいたが、私はなかなか輪に加われない。母が連れてきたおとなしいたかちゃんとは、庭の無花果の木の下でままごとをして遊んだ。ある夏の終わり、二人は野原の向うの硝子工場まで、たかちゃんの父親らしい職工を訪ねて行くが、乱暴にあしらわれた彼女と、しょんぼり帰ってくる。長雨のあげく洪水が起こり、一家は神田の知り合いの家に避難した。そこで絵双紙を与えられ、物語の世界を知る。水が引いたあと、一家は華族の屋敷の裏にあたる、芒原に面した家に越した。幼稚園には一日行っただけでやめ、小学校に上がると、母は父とは違う苗字を忘れないようにと念を押した。教室でお竜ちゃんと再会し、鉛筆を借りたまま返しそびれる。エピロオグでは、十二三の頃、同級生の緒方に連れられて行った家が、昔の家の離れの細工場だったと気づく。隣の母屋は妾の家だと聞かされ、私は枯れた無花果の枝を食い入るように見つめた。
登場人物
- 私 語り手。向島で育った内気な少年
- 父 彫金師。ゴム人形や石鹸の原型を彫る
- 母 私をかわいがる。父と一しょになる前は土手下で私と祖母と暮らしていた
- おばあさん 母方の祖母。私のお守りをし、「牛の御前」へ連れて行く
- お竜ちゃん 近所の勝気な少女。私と同い年
- たかちゃん 母が連れてきたおとなしい少女。私とままごとをする
- 佐吉 父の弟子
冒頭部(原文より)
無花果のある家 私は自分の幼年時代の思い出の中から、これまで何度も何度もそれを思い出したおかげで、いつか自分の現在の気もちと綯い交ぜになってしまっているようなものばかりを主として、書いてゆくつもりだ。そして私はそれらの幼年時代のすべてを、単なるなつかしい思い出としては取り扱うまい。まあ言ってみれば、私はそこに自分の人生の本質のようなものを見出したい。
「幼年時代」堀辰雄(青空文庫)
末尾部(原文より)
「お隣りは何んだい?」私は漸っとためらいがちに訊いてみた 「ふふ……」緒方はいかにも早熟たような薄笑いをした。 それから彼はちらりと自分の老父の方を偸み見ながら、私にそっと耳打ちをした。 「お妾さんの家だ。」 私はその思いがけない言葉をきくと、不意と、何か悲しい目つきをした若い女の人の姿を浮べた。それは私の方でも大へん好きになれそうだし、向うでも私のことを蔭ではかわいがってくれているのに、その境遇のために何とはなしに私に近づけないでいる、あのおよんちゃんという小さなおばさんに似た、それよりももっともっと美しい人だった。……私は何かもう居ても立ってもいられないような、切ない気がしだしていた。しかし私は、いかにも何気なさそうな風をして、ベイを選ぶのはいつか緒方自身に任せながら、目の前の、枯れた無花果の木のごつごつした枝ぶりを食い入るようにして見入っていた。
「幼年時代」堀辰雄(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。