夜の蝶(山本周五郎)のあらすじ・登場人物
屋台に交錯する市井の哀感
- 歴史
- 心理
- 文字数
- 10,349字
- 読了目安
- 約21分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
山本周五郎が1954年(昭和29年)、「家の光」に発表した時代小説。本所亀沢町の掘割ばたに立つ屋台「貝屋」——そこに集う人々のなかに、うらぶれた一人の老人と、旅の者らしい男がいた。行灯にとまった一匹の蝶が象徴する、過ぎ去った日と人の縁の哀感を、静かに描いた一編である。
あらすじ
本所亀沢町の掘割に面した空地に、毎晩「貝屋」という屋台店が出る。貝を肴に酒を飲ませ、盛りのいいぶっかけ飯が自慢で、遠くの町にも名が知られていた。三月半ばのある冷える夜、雨もよいのせいか珍しく客の少ないその屋台に、担ぎ八百屋の竹造や、「ずぶ六」と呼ばれる蔵番の老人ら、常連が数人。そこへ、旅の者らしい手甲脚絆の男が一人、鍋前でゆっくりと酒を飲んでいた。そしてもう一人——飯台の端に、垢じみた綿入れによれよれの帯、灰色の髪と無精髭の、云いようもなくみじめにうらぶれた老人が、酔いつぶれて俯している。この夜、屋台に居合わせた人々のあいだに、過ぎ去った日と人の縁の、ひそかな交錯があった。「――旅の者だよ」。そう言い残して静かに出ていく男。行灯にとまっていた蝶が飛びたち、まるで何かを追うように、出入り口から外へ飛び去っていく——。向かいの老人は、気のぬけたように茫然と宙を眺めるのだった。夜の蝶に託して、人生の哀感を静かに描いた、山本の一編である。
登場人物
- 旅の者 屋台に立ち寄る男
- 六兵衛(ずぶ六) うらぶれた老いた蔵番
冒頭部(原文より)
本所亀沢町の掘割に面した百坪ばかりの空地に、毎晩「貝屋」という軒提灯をかかげた屋台店が出る。貝を肴に酒を飲ませるのと、盛りのいいぶっかけ飯が自慢で、かなり遠い町内にも名が知られていた。
「夜の蝶」山本周五郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
「――旅の者だよ」そして静かに出ていった。 行燈にとまっていた蝶が飛びたち、はたはたと舞って、まるでなにかを追うように、出入り口から外へ飛び去った。 「おやじ」と六兵衛が云った。「済まねえがもう一本」 向うの老人は気のぬけたように、茫然と宙を眺めていた。
「夜の蝶」山本周五郎(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。