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夜の蝶(山本周五郎)のあらすじ・登場人物

屋台に交錯する市井の哀感

  • 歴史
  • 心理

山本周五郎 1954年(昭和29年)6月 「家の光」

文字数
10,349字
読了目安
約21分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

山本周五郎が1954年(昭和29年)、「家の光」に発表した時代小説。本所亀沢町の掘割ばたに立つ屋台「貝屋」——そこに集う人々のなかに、うらぶれた一人の老人と、旅の者らしい男がいた。行灯にとまった一匹の蝶が象徴する、過ぎ去った日と人の縁の哀感を、静かに描いた一編である。

あらすじ

本所亀沢町の掘割に面した空地に、毎晩「貝屋」という屋台店が出る。貝を肴に酒を飲ませ、盛りのいいぶっかけ飯が自慢で、遠くの町にも名が知られていた。三月半ばのある冷える夜、雨もよいのせいか珍しく客の少ないその屋台に、担ぎ八百屋の竹造や、「ずぶ六」と呼ばれる蔵番の老人ら、常連が数人。そこへ、旅の者らしい手甲脚絆の男が一人、鍋前でゆっくりと酒を飲んでいた。そしてもう一人——飯台の端に、垢じみた綿入れによれよれの帯、灰色の髪と無精髭の、云いようもなくみじめにうらぶれた老人が、酔いつぶれて俯している。この夜、屋台に居合わせた人々のあいだに、過ぎ去った日と人の縁の、ひそかな交錯があった。「――旅の者だよ」。そう言い残して静かに出ていく男。行灯にとまっていた蝶が飛びたち、まるで何かを追うように、出入り口から外へ飛び去っていく——。向かいの老人は、気のぬけたように茫然と宙を眺めるのだった。夜の蝶に託して、人生の哀感を静かに描いた、山本の一編である。

登場人物

冒頭部(原文より)

 本所亀沢町の掘割に面した百坪ばかりの空地に、毎晩「貝屋」という軒提灯をかかげた屋台店が出る。貝を肴に酒を飲ませるのと、盛りのいいぶっかけ飯が自慢で、かなり遠い町内にも名が知られていた。

「夜の蝶」山本周五郎(青空文庫)

末尾部(原文より)

「――旅の者だよ」そして静かに出ていった。  行燈にとまっていた蝶が飛びたち、はたはたと舞って、まるでなにかを追うように、出入り口から外へ飛び去った。 「おやじ」と六兵衛が云った。「済まねえがもう一本」  向うの老人は気のぬけたように、茫然と宙を眺めていた。

「夜の蝶」山本周五郎(青空文庫)

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