雪の翼(泉鏡花)のあらすじ・登場人物
雪の峠を越える妻と一羽の雁
- 心理
- 文字数
- 6,467字
- 読了目安
- 約13分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 福井県
- 滋賀県
この作品について
旅順攻略の戦況が伝わる頃を背景にした泉鏡花の短編。出征した海軍少尉の病の知らせを受けた若い妻が、供の老僕とともに雪の越前から鎮守府へと向かう。深い雪の峠を行く心細い旅と、そこで出会う思いがけない助けが描かれる。
あらすじ
福井で夫の帰りを待つ海軍少尉の妻民子のもとに、夫が旅順で功を立てたという吉報の直後、鎮守府の病院から、少尉が病んで予後が悪いとの急報が届く。民子はすぐに老僕の与曾平を供にし、冬の福井を発つ。九頭竜川を越え、武生に泊まるが、夜半から牡丹雪が降り積もり、翌日の車は進まなくなる。春日野村の茶店で老僕が持病の癪を起こして倒れ、民子は車夫を残して別れ、一人で車夫の案内を頼りに春日野峠に挑む。峠の山家で、老夫婦の情けで一夜を過ごすが、夜中に戸外から物音がして、飛び込んできたのは一羽の雁だった。雪に降りこめられて三日を過ごすうち、雁は民子になつく。ようやく雪車が出る日、民子は出発するが、険しい谷で雪車が滑り落ちる。落ちた先は、雪に閉じ込められ飢えた二人の炭焼きの小屋だった。二人が民子に襲いかかろうとしたとき、あとを追ってきた雁が民子を庇って飛びつき、雁は炭焼きに屠られるが、民子は無事に逃れ、里へ送られた。民子は夫に会い、その看護もでき、少尉は大尉に昇進した。民子は、あの雁が神の使いだったと思うのだった。
登場人物
- 民子 海軍少尉の妻。福井の生まれで、二十歳
- 与曾平 民子の供をする老僕。五十九歳
- 富蔵 武生の車夫。民子を春日野峠の山家まで導く
冒頭部(原文より)
柏崎海軍少尉の夫人に、民子といつて、一昨年故郷なる、福井で結婚の式をあげて、佐世保に移住んだのが、今度少尉が出征に就き、親里の福井に歸り、神佛を祈り、影膳据ゑつつ座にある如く、家を守つて居るのがあつた。 旅順の吉報傳はるとともに幾干の猛將勇士、或は士卒――或は傷つき骨も皮も散々に、影も留めぬさへある中に夫は天晴の功名して、唯纔に左の手に微傷を受けたばかりと聞いた時、且つ其の乘組んだ艦の帆柱に、夕陽の光を浴びて、一羽雪の如き鷹の來り留つた報を受け取つた時、連添ふ身の民子は如何に感じたらう。あはれ新婚の式を擧げて、一年の衾暖かならず、戰地に向つて出立つた折には、忍んで泣かなかつたのも、嬉涙に暮れたのであつた。
「雪の翼」泉鏡花(青空文庫)
末尾部(原文より)
帶を解き、衣を剥ぎ、板戸の上に縛めた、其のありさまは、こゝに謂ふまい。立處其の手足を炙るべく、炎々たる炭火を熾して、やがて、猛獸を拒ぐ用意の、山刀と斧を揮つて、あはや、其胸を開かむとなしたる處へ、神の御手の翼を擴げて、其膝、其手、其肩、其脛、狂ひまつはり、搦まつて、民子の膚を蔽うたのは、鳥ながらも心ありけむ、民子の雪車のあとを慕うて、大空を渡つて來た雁であつた。 瞬く間に、雁は炭燒に屠られたが、民子は微傷も受けないで、完き璧の泰らかに雪の膚は繩から拔けた。 渠等は敢て鬼ではない、食を得たれば人心地になつて、恰も可し、谷間から、いたはつて、負つて世に出た。
「雪の翼」泉鏡花(青空文庫)
原文を読む
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