隠者文学とは
- 分類
- 形式・ジャンル
- 読み
- いんじゃぶんがく
世俗を離れて草庵などに隠れ住んだ人々、いわゆる隠者が書いた文学の総称。草庵文学ともいう。平安末期から中世にかけて、戦乱や災害が続くなかで、出家して官職や家を捨て、山里の庵に住んで和歌や文章に心を託す人々が現れた。その先駆けとされるのが、北面の武士の身分を捨てて出家し、諸国を旅して『山家集』の歌を残した西行である。鎌倉時代には鴨長明が『方丈記』と説話集『発心集』を、兼好法師(吉田兼好)が『徒然草』を書き、この二つの随筆が隠者文学の代表とされる。いずれも中世の無常観を背景に、世の移ろいや人間のあり方を、俗世から一歩離れた位置から静かに見つめる。『方丈記』は、安元の大火や元暦の大地震などの災害の記録と、日野山の方丈の庵での暮らしを描く。『徒然草』は、折にふれて思い浮かんだ事柄を、人生観、美意識、世間の観察など幅広い主題で書き記した。隠者たちは世を捨てながらも都の文化や人の世への関心を失わず、その距離の取り方が独特の批評精神と自由な筆致を生んだ。ただし、兼好は完全に隠遁して暮らしたのではなく、歌人として二条派の歌壇に加わるなど俗世とのつながりを保っていたともされ、「隠者文学」という呼び方には議論もある。西行や長明を慕う心は近世の松尾芭蕉にも受け継がれ、芭蕉は西行の足跡を訪ねて旅を重ねた。