懸賞小説とは

分類
その他
読み
けんしょうしょうせつ

新聞社や雑誌社が作品を公募し、選んだ作品に賞金を与えて掲載する小説。明治中期から盛んになり、無名の書き手が世に出る主な道の一つとなった。早い例として、明治27年(1894年)に読売新聞が募った歴史小説の懸賞に、東京帝国大学在学中の高山樗牛が匿名で応じた『滝口入道』が入選して連載され、作者の名を一躍高めた。明治44年(1911年)には田村俊子の『あきらめ』が大阪朝日新聞の懸賞小説に当選して文壇への入口となり、尾崎士郎も大正10年(1921年)の懸賞小説の入選を機に文筆へ転じている。大正期以降は雑誌も新人の募集に力を入れ、夢野久作は大正15年(1926年)に『新青年』の懸賞に入選した『あやかしの鼓』で世に出た。同じ年に始まった『サンデー毎日』の大衆文芸の懸賞からは、多くの時代小説の書き手が生まれている。中島敦は昭和9年(1934年)に『中央公論』の懸賞へ『虎狩』を投じて選外佳作となり、太宰治は昭和14年(1939年)、『国民新聞』の懸賞に掌編『黄金風景』が当選した。評論でも、小林秀雄の『様々なる意匠』が昭和4年(1929年)の『改造』の懸賞評論で入選している。戦後は『宝石』が毎年の懸賞で探偵小説の新人を送り出し、『週刊朝日』の懸賞「百万人の小説」では松本清張の『西郷札』が入選して作家としての出発点となった。こうした公募の仕組みは、のちの文芸誌の新人賞へと受け継がれている。

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