読売新聞とは
- 分類
- 結社・団体
- 読み
- よみうりしんぶん
明治7年(1874年)に創刊された日刊新聞。当初は総ふりがな付きの平易な文章で庶民に親しまれた「小新聞(こしんぶん)」で、早くから文芸に力を注いだことで知られる。明治22年(1889年)に尾崎紅葉が入社して文芸欄の中心となってからは、硯友社系の作家の作品を数多く掲載し、「文学の読売」と称された。山田美妙の言文一致の試み『武蔵野』(明治20年)、泉鏡花が女芸人を描いた『義血侠血』(明治27年)、樋口一葉の『うつせみ』(明治28年)、懸賞小説に当選した高山樗牛の『滝口入道』(明治27年)などが載った。紅葉自身も、西鶴調の『伽羅枕』(明治23年)、「である」調の言文一致で書いた『多情多恨』(明治29年)を連載し、絶筆となった大長編『金色夜叉』(明治30年〜)は同紙連載の代表作である。明治末には徳田秋声の『足迹』(明治43年)、島崎藤村の自伝的長編『家』(同年)など自然主義の作品が生まれ、大正期にも秋声が『あらくれ』(大正4年)を連載した。昭和期には吉川英治らの大衆小説も人気を博している。文芸を重んじるその伝統によって、近代文学の有力な発表舞台として大きな役割を果たした。