苦楽とは
- 分類
- 結社・団体
- 読み
- くらく
大正13年(1924年)1月号から昭和3年(1928年)まで、大阪のプラトン社が発行した娯楽雑誌。プラトン社は化粧品会社・中山太陽堂を後ろ盾とする出版社で、関東大震災ののち東京から大阪へ移った川口松太郎や直木三十五が編集に携わった。純文学の作家にも読物を依頼し、顔ぶれは幅広い。泉鏡花は大正13年に、月夜の不思議を描く『光籃』と、木曾の宿で語られる怪異を描いた後期の代表作『眉かくしの霊』を寄せた。江戸川乱歩は大正14年(1925年)に、椅子の中に潜む男の告白という奇抜な趣向の『人間椅子』と『夢遊病者の死』を発表している。同じ年には国枝史郎の『神州纐纈城』の連載も始まり、未完に終わりながら、伝奇小説の傑作として後年高く評価された。大衆文学が大きく伸びた大正末の雑誌の一つで、プラトン社の活動終了とともに終刊した。戦後の昭和21年(1946年)11月には、大佛次郎が主宰する同名の雑誌「苦楽」が創刊され、昭和24年(1949年)まで刊行された。山本周五郎の『陽気な客』(昭和24年)は、この戦後の「苦楽」に掲載された作品である。