新古今和歌集とは
- 分類
- 形式・ジャンル
- 読み
- しんこきんわかしゅう
後鳥羽院の命により編まれた勅撰和歌集で、八代集の最後にあたる。撰者は源通具・六条有家・藤原定家・藤原家隆・飛鳥井雅経の5人で、寂蓮も撰者に定められたが、編纂の前に没した。元久2年(1205年)に完成を祝う竟宴が開かれ、いちおうの完成を見たが、その後も後鳥羽院自らが歌の削除や入れ替え(切り継ぎ)を続け、建保4年(1216年)ごろまで手が入った。全20巻で、収める歌は二千首近い。仮名序は藤原良経が、真名序は藤原親経が書いた。承久の乱で隠岐に流された後鳥羽院は、配所でもなお手を入れて約四百首を除いた本を作り、これを隠岐本という。歌風は「新古今調」と呼ばれ、幽玄・有心の美を重んじ、象徴的で余情に富み、本歌取りや体言止めを多用する。西行が94首で最も多く入り、女性では式子内親王が最多で、藤原定家、慈円、藤原俊成らの歌も名高い。後鳥羽院は建仁元年(1201年)に和歌所を再興し、自ら撰歌に深く関わった。秋歌上に並ぶ「秋の夕暮」で結ぶ三首は、のちに三夕の歌と呼ばれる。それまでの理知的な『古今和歌集』の歌風に対し、言葉の余韻と象徴で心情を伝えるこの歌風は、中世の歌の美意識を決定づけた。