教養主義とは

分類
文芸思潮
読み
きょうようしゅぎ

古今東西の哲学・文学・芸術の古典を読むことで人格を磨き、内面を豊かにしようとする考え方。大正期を中心に、旧制高校や大学の学生のあいだに広まったものを大正教養主義ともいう。日露戦争後、国家や立身出世よりも個人の内面を問う風潮が青年のあいだに強まり、第一高等学校の校長を務めた新渡戸稲造(明治39〜大正2年)の人格修養の説や、東京帝国大学で哲学を講じたケーベルの感化がその下地となった。担い手となったのは、夏目漱石の門下に集った阿部次郎・和辻哲郎・安倍能成・小宮豊隆らで、のちに評論家の唐木順三が彼らを「教養派」と呼んだ。阿部次郎の『三太郎の日記』(大正3年〜)は、架空の青年に託して自己の分裂と懐疑を書きつづり、学生たちの座右の書となった。西田幾多郎の『善の研究』(明治44年)、和辻哲郎の『古寺巡礼』(大正8年)、倉田百三の戯曲『出家とその弟子』(大正6年刊)と評論集『愛と認識との出発』(大正10年)も、同じ読者層に熱心に読まれている。これらの多くを世に送った岩波書店は、のちに岩波文庫を創刊して古典を安価に届けた。白樺派の個性の尊重とも響き合う一方、社会や政治から離れた個人の内面の修養にとどまるという批判も受け、昭和に入るとマルクス主義の台頭や戦時体制のなかで変質していった。

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