遊里(廓)とは

分類
その他
読み
ゆうり

江戸時代に公認され、遊女屋が集まっていた区画。遊郭、廓、色里などともいう。江戸の吉原は元和3年(1617年)に公許され、明暦3年(1657年)の大火後に浅草へ移って新吉原となった。京の島原は寛永17年(1640年)に六条三筋町から移され、大坂には新町があり、この三つが代表的な遊里であった。遊女の最高位は太夫で、教養や芸を備え、町人にとって手の届かない存在でもあった。遊里は単なる色事の場ではなく、金と身分に縛られた世間から離れた、独特のしきたりと美意識を持つ社交の場であり、多くの文学の舞台となった。井原西鶴は『好色一代男』で、吉野・夕霧・高尾ら名高い太夫を描いた。近松門左衛門の『曽根崎心中』や『冥途の飛脚』は、遊女と町人の恋が義理に追いつめられる悲劇を描く。遊里での振る舞いのうがちを描いた洒落本、遊女や芸者との恋のもつれを描いた『春色梅児誉美』などの人情本も、これを舞台とした。明治以降も、樋口一葉『たけくらべ』が吉原の周辺に暮らす子どもたちを描いている。

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