悲劇と喜劇とは
- 分類
- 形式・ジャンル
- 読み
- ひげきときげき
演劇の二つの大きな型。悲劇は、主人公が運命や自らの過ちによって破滅へ向かう姿を、厳粛な調子で描く。喜劇は、人間の愚かさや思い違いを笑いのうちに描き、多くは和解や結婚などのめでたい結末に至る。ともに紀元前5世紀のアテナイで、ディオニュソスの祭りの劇の競演から形を整えた。悲劇ではアイスキュロス・ソポクレス・エウリピデスの三大悲劇詩人が、喜劇ではアリストパネスが知られ、ソポクレスの『オイディプス王』は悲劇の典型とされる。アリストテレスは『詩学』で、悲劇はあわれみとおそれを呼び起こし、それによって感情の浄化(カタルシス)をもたらすと論じた。近世のイギリスではシェイクスピアが両方の型で傑作を残し、『ハムレット』『オセロ』『リア王』『マクベス』は四大悲劇と呼ばれ、『ロミオとジュリエット』も悲劇に数えられる。日本では坪内逍遥がシェイクスピア全作品を独力で翻訳し、太宰治は『新ハムレット』(昭和16年)で、久生十蘭は『ハムレット』(昭和21年)で、その筋を借りて新しい物語を書いた。ゲーテの『ファウスト』も、原題に「悲劇」と添えられた詩劇で、森鴎外が全訳した。近代になると型の境目はゆらぎ、チェーホフは『かもめ』や『桜の園』を自ら「喜劇」と呼んだが、その舞台は哀感に満ちたものとしても受け取られてきた。宮沢賢治の戯曲『植物医師』には「郷土喜劇」の副題がある。日本の伝統演劇では、能が多く重い主題を扱うのに対し、狂言が笑いを受け持ち、両者が同じ舞台で交互に演じられてきた。悲劇と喜劇は、人生の見方の違いを示す言葉としても使われる。