志怪と伝奇とは

分類
形式・ジャンル
読み
しかいとでんき

中国の文語(文言)で書かれた短い物語の二つの系譜。魏晋南北朝の時代には、超自然の出来事や幽霊・化け物の話を簡潔に書き留めた志怪が数多く編まれ、干宝の『捜神記』がその代表とされる。当時の人々にとって、それは作り話よりも歴史の記録に近いものだった。唐代になると、志怪が文字に定着させた題材に作者の虚構と技巧が加わり、筋の運びや人物の心理まで描き込んだ伝奇が生まれた。『人虎伝』『杜子春伝』『白猿伝』などがその例で、怪異の出てこない恋愛譚も含まれる。この流れは宋以後の筆記や、明の瞿佑『剪燈新話』、清の蒲松齢『聊斎志異』へと続いていく。日本では、寛文6年(1666年)の浅井了意『伽婢子』が『剪燈新話』などを室町時代の日本に移して翻案し、その「牡丹燈記」の系譜は三遊亭円朝の『怪談牡丹灯籠』にまで及んだ。上田秋成の『雨月物語』も中国の小説に多くを借りている。近代では、芥川龍之介が『杜子春伝』から童話『杜子春』を、『聊斎志異』から『酒虫』を書き、中島敦は『人虎伝』をもとに『山月記』を、太宰治は『聊斎志異』に材を取って『清貧譚』『竹青』を生んだ。岡本綺堂の『中国怪奇小説集』は、六朝から清までの名だたる書を怪談会の形で紹介し、日本の怪談の源流をたどる入口になっている。

関連する用語

この用語に関わる作品

この用語に関わる作家