森鴎外の名文

森鴎外の作品から、よく知られた一節を集めました。

32件

舞姫

石炭をばはや積み果てつ。

帰国の途、寄港地の船中から筆を起こす名高い書き出し。異国に恋人を残した豊太郎の悔恨の告白が、この一句の静けさから始まる。

ああ、相沢謙吉がごとき良友は世にまた得がたかるべし。されどわが脳裡に一点の彼を憎むこころ今日までも残れりけり。

末尾の一行。恩人でありながら恋人との仲を裂いた友への憎しみを、告白の最後に置いて終わる痛切な結び。

なんらの光彩ぞ、わが目を射んとするは。なんらの色沢ぞ、わが心を迷わさんとするは。

ベルリンに着いた太田豊太郎が、ウンテル・デン・リンデンの華やかさに目を奪われる場面。雅文体の対句が、西洋の大都会に立つ明治の青年の驚きを伝える。

半日

六疊の間に、床を三つ並べて取つて、七つになる娘を眞中に寢かして、夫婦が寢てゐる。

鴎外『半日』の書き出し。博士の一家の静かな朝の寝間から始まり、やがて妻と姑の不和に満ちた半日が描かれていく。

ヰタ・セクスアリス

金井湛君は哲学が職業である。

主人公を一行で紹介する簡潔な書き出し。性欲の記憶をあくまで冷静に書き綴り、発売禁止処分を受けた問題作の入口。

杯

温泉宿から皷が滝へ登って行く途中に、清冽な泉が湧き出ている。

鴎外『杯』の書き出し。短い文を重ねて泉の情景を描き出し、これから始まる七人の娘と一人の娘の寓話の舞台を静かに整える。

「わたくしの杯は大きくはございません。それでもわたくしはわたくしの杯で戴きます」と云ったのである。

銀の杯を貸そうと言われた第八の娘が、小さな自分の杯を手放さずに答える場面。自分の器で書くという鴎外の芸術観を託した言葉として知られる。

花子

人の体も形が形として面白いのではありません。霊の鏡です。形の上に透き徹って見える内の焔が面白いのです。

彫刻家ロダンが通訳の久保田に語る言葉。形の奥に透けて見える内面こそが美しいという、ロダンの芸術観を鴎外が短く言い当てている。

肩と腰の濶い地中海の type とも違う。腰ばかり濶くて、肩の狭い北ヨオロッパのチイプとも違う。強さの美ですね。

日本の女優花子を素描したロダンが、その体を評する結びの言葉。西洋の型に当てはまらない「強さの美」を見いだす。

沈黙の塔

高い塔が夕の空に聳えている。

鴎外『沈黙の塔』の書き出し。鴉の騒ぐ塔へ車が何かを運び込む不穏な光景から、思想弾圧を寓意した物語が始まる。

芸術も学問も、パアシイ族の因襲の目からは、危険に見えるはずである。なぜというに、どこの国、いつの世でも、新しい道を歩いて行く人の背後には、必ず反動者の群がいて隙を窺っている。

「危険なる洋書」の取り締まりを寓話の国に託して論じた一節。新しい道を行く者には必ず反動が迫るという、時代への鋭い批判である。

マラバア・ヒルの沈黙の塔の上で、鴉のうたげが酣である。

『沈黙の塔』の最後の一文。冒頭の塔の情景へ戻り、「危険なる洋書」を口実にした迫害を寓意で締めくくる。

雁

古い話である。僕は偶然それが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している。

遠い記憶をたぐり寄せるように語り起こす書き出し。高利貸しの妾お玉と学生岡田の、すれ違ったまま終わる恋が語られる。

「不しあわせな雁もあるものだ」

岡田の投げた石が不忍池の雁に当たってしまったあとの独り言。この小さな偶然が、岡田を待っていたお玉との運命をすれ違わせることになる。

阿部一族

従四位下左近衛少将兼越中守細川忠利は、寛永十八年辛巳の春、よそよりは早く咲く領地肥後国の花を見すてて、五十四万石の大名の晴れ晴れしい行列に前後を囲ませ

官位を連ねた重々しい一文で始まる書き出し。殉死を許されなかった阿部一族が滅びへ向かう、鷗外の歴史小説を代表する一篇。

大塩平八郎

この二つの道が塞がつてゐたので、平八郎は当時の秩序を破壊して望を達せようとした。平八郎の思想は未だ醒覚せざる社会主義である。

鴎外が『大塩平八郎』の末尾で乱の性格を論じた一節。飢饉に苦しむ貧民の側に立った挙兵を「未だ醒覚せざる社会主義」と名づけている。

平八郎は哲学者である。併しその良知の哲学からは、頼もしい社会政策も生れず、恐ろしい社会主義も出なかつたのである。

陽明学者でもあった平八郎を評した一文。思想家としての彼を認めつつ、その哲学の限界を冷静に見定める鴎外らしい筆致である。

サフラン

名を聞いて人を知らぬと云うことが随分ある。人ばかりではない。すべての物にある。

鴎外の随筆『サフラン』の書き出し。名前だけを知って実物を知らないという経験から、サフランとの小さな縁を語り始める。

宇宙の間で、これまでサフランはサフランの生存をしていた。私は私の生存をしていた。これからも、サフランはサフランの生存をして行くであろう。私は私の生存をして行くであろう。

『サフラン』の結び。草花と自分がそれぞれの生存を続けていくと静かに語る、鴎外の澄んだ諦観が感じられる一節である。

山椒大夫

安寿恋しや、ほうやれほ。 厨子王恋しや、ほうやれほ。

佐渡に売られ、盲いた目で鳥を追いながら母が口ずさむ歌。離ればなれになった姉弟の物語の哀れを、この繰り返しが一身に集める。

歴史其儘と歴史離れ

わたくしは史料を調べて見て、其中に窺はれる「自然」を尊重する念を発した。そしてそれを猥に変更するのが厭になつた。

鴎外が自らの歴史小説の方法を語った随筆の一節。史料の「自然」を尊ぶ「歴史其儘」の姿勢を、率直に説明している。

兎に角わたくしは歴史離れがしたさに山椒大夫を書いたのだが、さて書き上げた所を見れば、なんだか歴史離れがし足りないやうである。

『山椒大夫』執筆の楽屋を明かした随筆の結び。「歴史離れ」を試みてなお史実に縛られる自分を、正直な告白として語る。

魚玄機

魚玄機が人を殺して獄に下った。風説は忽ち長安人士の間に流伝せられて、一人として事の意表に出でたのに驚かぬものはなかった。

鴎外『魚玄機』の書き出し。美貌と詩才で知られた唐の女道士の事件をまず突きつけ、そこから彼女の来歴をさかのぼって語っていく。

易求無価宝。   難得有心郎。

玄機が友の采蘋に贈った詩「贈隣女」の一聯。値のつけられない宝は求めやすいが、真心ある男は得がたい、と恋の嘆きを詠む。

最後の一句

「お上の事には間違いはございますまいから」

父の身代わりに死なせてほしいと願い出た娘いちが、奉行の問いに答えたあとで言い足した一言。権力への痛烈な皮肉を秘めたこの言葉が、題名の「最後の一句」である。

高瀬舟

高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟である。

京都の運河をゆく小舟の説明から静かに起こす書き出し。罪とは何か、安楽死とは何かを問う短編の枠組みを据える。

殺したのは罪に相違ない。しかしそれが苦から救うためであったと思うと、そこに疑いが生じて、どうしても解けぬのである。

弟殺しの経緯を聞き終えた庄兵衛の述懐。安楽死をめぐる問いを、答えの出ないまま読者の手に渡す。

かくのごとくに先から先へと考えてみれば、人はどこまで行って踏み止まることができるものやらわからない。それを今目の前で踏み止まって見せてくれるのがこの喜助だと、庄兵衛は気がついた。

欲のない喜助の話を聞いた庄兵衛の感慨。際限なく欲を広げる人間の性と、足ることを知る喜助の姿を対比し、作品のもう一つの主題を示す。

高瀬舟縁起

私はこれを読んで、その中に二つの大きい問題が含まれていると思った。一つは財産というものの観念である。

『高瀬舟』の素材となった『翁草』の話について、鴎外が着眼点を語った一節。財産の観念と安楽死という二つの問題がこの作品の核になる。

これをユウタナジイという。らくに死なせるという意味である。

死に瀕して苦しむ者を楽に死なせることの是非を論じた一節。『高瀬舟』のもう一つの主題を、医師でもあった鴎外が自ら解説している。

寒山拾得

逃げしなに寒山が「豊干がしゃべったな」と言ったのが聞えた。

文殊・普賢の化身と聞いて礼拝に来た閭丘胤から、寒山と拾得が笑って逃げ出す結末の一文。権威や伝聞にすがって有難がる態度を、軽やかに突き放して物語を閉じる。

渋江抽斎

抽斎は医者であった。そして官吏であった。そして経書や諸子のような哲学方面の書をも読み、歴史をも読み、詩文集のような文芸方面の書をも読んだ。その迹が頗るわたくしと相似ている。

森鴎外『渋江抽斎』(1916年)より。江戸の医官で考証家だった抽斎に、医者で官吏で文学者でもある自分の姿を重ねる。鴎外が史伝へ向かった動機を率直に語る一節で、このあと自らを「ヂレッタンチスム」と省みる。

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